鎌倉への旅⑦ 長者ヶ崎再訪篇 2026年、7月。あの旅から8年が経った。あの時、辿り着いた長者ヶ崎がある横須賀へ、やすきは移住した。〈Hachis〉という店をはじめた。4年の月日が経った。1日1日がチーズクリームのように濃厚だった。疲れもしたし、楽しくもあった。さまざまな出会いと別れを繰り返し、ここにいる。 〈Hachis〉は一度ストップし、新しい形を模索している。やすきも、考えも心も変わっていかなければならない。過去を点検する必要があった。あの旅は、なんだったのだろう。立ち止まって、考え直す。いや、そうではない。今、あの場所に立つと、何を感じるのだろう。 ある月曜日。やすきは横須賀から葉山へ旅立った。 つらかった海辺 JR逗子駅へ降りる。あのときのように自転車はない。津山から持ってきたが、壊れてしまった。逗子から長者ヶ崎まで歩いて向かっていく。 田越川沿いを歩き、渚橋まで出た。慣れた道のりだった。そう、慣れてしまったのだ。いまでは、あれだけ好きだった鎌倉よりも、逗子に来る機会が増えた。ふと、海岸に行くこともあるし、タイミーでアルバイトにも。幾度となく、この道を通った。 この8年で変わったのは、湘南が生活の場になった、ということだ。横須賀に店と住まいはあるものの、暮らしのためにアルバイトに出る。働く場は、あちこちにあった。仕事が限られていた津山とは違い、ありがたいことだった。 渚橋の交差点。高いマンションがあり、葉山方面と長柄トンネルと別れる。やすきが、人生の分岐点だと感じた場所。ここを通りかかる度に思い出す。ここを通らなかったら、違う人生があったのだろうか。交差点から逗子海岸を見渡した。夏休みだからか、砂浜には大勢のこどもたちが遊んでいた。海では、3艘の黒いボートが泳いでいる無数のカラフルなパラソル。ヨガや犬の散歩をする人々がいる、いつもの静かな逗子海岸ではない。今年も夏がやってきたのだ。海の向こうに見える江の島が蜃気楼がかったように揺らめいていた。 葉山方面へ歩く。自転車で、どの道を進んでいたかを思い出していく。あの時と今は、何が違うのだろう。考えながら歩を進めた。 森戸海岸。今年も〈Oasis〉は開いている。だが、昼前だったのでオープンはしていなかった。〈CABaN〉はカフェではなくなった。地域住民の反対にあいながら、ホテルになった。すこしずつ、記憶と現状は変わっていく。 一色を越えて、長者ヶ崎海岸に着いた。横須賀市の標識を見る。ああここだ、と思う。イタリアンレストランの駐車場の裏を通って、海岸まで降りる。流木を椅子にして、海を眺めた。熱い。燦燦と直射日光が降り注ぐ。風が透き通り、白波が音を立てる。人の多い逗子海岸や森戸にくらべ、ここにはまったく人がいない。 海を眺める。苦しかった。体がつかれていたから、だろうか。手元の丸石を掌に掬う。水色、黒、白、青。海の音を宿した石を何度も何度もすくいとる。ちいさい二つ穴が開いている石。斑ら模様がついている石。どれひとつとして、同じ形、大きさ、色のものがない。不思議だ。人間のようだ。 歩きながら、ここではなかったのか、という想いが通り過ぎた。後ろを振り返る。横須賀市の標識が黄色く光った。というか、明るく迎えてくれているような気がした。ここでよかったのか。 とにかく暑い。一色のスーパーで瀬戸内のレモン入りの発泡酒を買った。柑橘の爽やかさが、澱みごと流してくれたようだった。バスで横須賀に帰る。今日もやることをやる。できることをする。なんでもない一日だった。 むすびつくこと 鎌倉への旅① 〈みのり屋〉のごぼうサンド 〈野菜の里 須軽谷〉 〈オーブンズ〉のコロッケパン HOME