旧Donuts.のアーカイブを再編集し、リミックスするシリーズが始まりました。まずは、やすきが横須賀に移住するきっかけとなった出来事を描きます。

2018年、5月。かねてより行きたかった鎌倉へ旅立つ決意をした。神戸時代から、ずっと行きたかった場所。&プレミアムのメロウな場所特集に葉山の〈CABaN〉が掲載されていた。海をのぞむカフェ。そこに行ってみたかった。妹には、「もう二年くらい鎌倉に行きたいと言ってると。さすがにもう行きなよ」と言われた。

スラムダンクの主人公が属する湘北高校は、湘南のことだ。大人になってようやく気づいた。湘南知らなかったからだ。90年代に放映されていたアニメのEDに、花道が後ろ姿でドリブルをしながら夜の街をあるくシーンがある。ボールが跳ねる音で近所の人に怒られるだろうから、さすがに現実離れしているが、あれは湘南の街並なのだ。

あの朝のできごと

津山駅から新宿駅まで出ている夜行バスのチケット、〈CABaN〉に行くこと。泊まる宿。それ以外は取り立てて目標を立てていない。鎌倉に行ってみたい。ただそれだけ。だから、カバンには二日分の着替えしか持っていっていない。希望や不安を抱いて、ルミナス号に飛び乗る。

翌朝。新宿バスターミナル。よくねむれず。新宿を散策しようとしたが、たまらずに新宿湘南ラインに乗り込んだ。眠気に襲われながらも、窓の外の風景を眺める。東京から横浜、都会のグラデーション。窓の外を、都会がゆっくり流れていく。たくさんの家がならんでいる。出発前、妹と「着いたら寝れるとこがあればいいのにね」と話していたが、どこかあるだろうか。

最初に葉山に行きたかったが、大船駅から逗子駅の乗り換えがわからず、鎌倉駅まで行った。覚えているのは、北鎌倉駅。降りはしないが、電車のドアが開いた瞬間、冷たくも心地いい風が入りこんできた。都会の淀んだ空気を一掃するような空気だった。あの一瞬はよく覚えている。

朝八時。鎌倉駅のホーム。ついに到着した。ここが鎌倉か。何度、この場所にいることを想像しただろう。駅のロータリー。空を見上げる。透き通るような五月晴れ。

〈カラオケファンタジー〉。いまはもうない。

おなかが減っていて、モーニングを食べたかったが、海に出ることにした。住宅街を歩く。今振り返ると、鎌倉駅から御成通りを抜け、由比ガ浜海岸に行かず、長谷の住宅街に向かっている。普通なら、小町通りを通って、鶴岡八幡宮に行きそうなものだが。

やすきは家を見るのが好きで、歩きながら、鎌倉の家を観ていた。立派な邸宅が多い。路地裏を歩いていると、ある風景に遭遇した。整えたれた、美しい庭園。おばあちゃんが、ホースで水まきをして、庭の世話をしている。近所の子供だろう、小さな女の子が「いってきます」と挨拶をしている。おばあちゃんが「いってらっしゃい」と返す。その一幕を見たときに、自分が大きな物語の中にいると感じた。それは、後に訪れた広島の尾道にもあった感覚だった。

歩いていると、神社にたどり着いた。甘縄神明宮だった。階段をのぼり、参拝する。あのときは偶然だと思っていた。今思えば、ここの神様に呼ばれたのだろう。境内のベンチで横になって、10分ほど仮眠をとった。その近くに、「CAFE 雨ニモ負ケズ」という看板があった。スマホで調べると、土日しか空いてないゲストハウス兼カフェのようだった。甘縄神明宮は、横須賀に移住してからも、鎌倉を訪れる度、参拝している。

道端に、「Memory For Japan」「Take Free」と書かれた木箱が置かれてあった。日本に旅をしにきた外国人が、抱えきれない荷物を置いたのだろう。仏像が入っている。

神戸の異人館のような建物もあった。長谷を通り過ぎて、坂の下海岸についた。海は、垂水や須磨とは別の清々しさをたたえていた。坂の下海岸の芝生のところに外国人が肌を焼いているのが見える。流川が作中に自転車で通る、水色と白色のタイルの道が見える。小坪マリーナが遠くにたたずんでいる。その後、何度も見ることになるけど、鎌倉のファーストインプレッションは、間違いなくここだったろう。

やすきもここで朝寝のつづきをした。景観条例に基づき、ローソンがくすんだ藍色になっている。京都と一緒だ。古都だけでなく、日本中そうすればいいのに。

〈カフェ坂の下〉を見つける。テレビのロケ地にもなった店。入ろうとしたが、開店まであと10分ある、とスタッフさんに言われ、近くを散歩して時間をつぶした。歩きすぎて、開店後20分くらいにもどってくると、すでに満席に近い状況になっていた。名物のパンケーキを注文した。案外、量が多くて、腹が膨れた。

遅い朝食を済ませたあと、坂の下の散歩のつづきをする。なぜか小町通りにある〈カフェ・ディモンシュ〉の本を津山で手に入れていて、坂の下の地形はブラジルのリオに似ている、という記述があったことを思い出した。急な崖がある。だれもいない道端で、Tシャツを着替えた。すでに暑かった。

のちに横須賀移住につながる、最初の朝。横須賀に移住してからも、横須賀に移住してからも、この朝に歩いた道を、何度も歩いている。