〈りんでん〉の特上アジ刺定食 SCARSのSTICKYが逝去されて幾年が経つ。その報せを聞いたとき、やすきは津山にいただろうか。 横須賀に移住して四年。気が付くと、BAD HOPなど、ヒップホップの中で名前を馳せていた川崎が、肌感で感じれる距離になった。店をしながらも働いていたので、ピッキングの派遣で通っていたことがある。毎朝、長蛇の列をなす川崎駅のバスロータリーから、30分揺られて。 派遣の仕事以外で、川崎に行く用事ができた。ペルー料理を食べに人と待ち合わせるためだ。川崎駅周辺にいい喫茶店はないかと地図アプリで探していると、ある地名が目に入った。川中島。 JJJの『Orange』という楽曲がある。「俺のフッドは川中島だ」と締めくくられるSTICKYのバースのことを思い出した。いいことも悪いことも歌っているSTICKYのバースはとても印象深くて、よく覚えている。ここで彼は生まれ育ったのか。どんな場所なのだろう。興味が湧いて、訪れることにした。 たいせつなもの 京急川崎駅から大師線。三駅ほど通り、川崎大師駅に到着した。駅を降りると、商店街がある。商店街といっても、ほとんどマンションで、古い看板の店がいくつかあるだけだ。かつては、人の往来がたくさんあったであろうことが伺える。朝食をとるために、〈りんでん〉という喫茶店に入った。 扉を開けると、店員であろうおじいちゃんとおばあちゃんが座ってテレビを見ていた。来客に気づくと、準備をはじめた。やすきは入口から右奥の席を進められた。ホワイトボードに、限定のメニューが書かれていて、見やすいから。入口にワインレッドのカーテン。ヨーロッパを模したような調度品。クラシカルな、レトロの見本のような喫茶店。 古めかしいメニュー表をテーブルに置いて、ホワイトボードを見る。目が悪いので、しかめていると、おばあちゃんに「見えないの?」と聞かれて、何が書いてあるか教えてもらった。Donuts.でサンドイッチ特集をしているから、サンドイッチを頼もうとしていたが、特上アジ刺という項目が気になり、注文した。+300円で、ごはん、味噌汁、漬物がつく。 待っている間、おばあちゃんと話をしていた。溝の口で生まれ、30歳を前に川中島に来たこと。この店は60年近くつづいていること。マンションばかりになったが、昔は店が並んでいて、70店舗もあったこと。 川崎は都会だ。しかし、西日本で見た光景とおなじく、商店街は疲弊し、なくなっていき、住宅ばかりになる。人口はふえているのに、なぜこういうことが起きているのだろう。 アジ刺身定食が到着した。ご主人が漁師さんなので、鮮度がいい。尾も盛られている。身が大きく、歯ごたえがある。生命力が残っているか、食べていると活力が湧いてくる。 特上アジ刺定食 1300円 食べ終わって、三人でテレビを観ていた。親が子を手にかけた、というニュースが流れている。このところ、日本中で起きている。なんでこんなことが、と話した。やすきの子供の時分にも、こんな事件は起きていなかった。商店街がなくなる、ということが表象的で、日本人はなにか大切なものを失っているのかもしれない。 食べ終えて、外に出た。川中島を散策する。川中島が起きた場所だと思い込んでいたが、上杉謙信と武田信玄のビーフである川中島の戦いは長野で起きたものらしかった。川崎の川中島は普通の住宅街だった。かつてあった店たちに、きっとその数だけ世界があって、当たり前の日常があった。 このあと、鶴見出身で、同年代の方と話したが、ケータイが普及する以前は、街でもだれにでも話しかけていたらしい。ケータイがないから約束もできない。渋谷で会って、じゃあ明日、今日、この時間にここで落ち合おうと約束する。もし会えなければ、明後日に同じ場所で。その子が、岩手から家出した女の子と出会って、遊んで、岩手に帰ったあとも手紙のやりとりをしていたらしい。今では、街で知らない人に話しかけると、怪訝に扱われるかもしれない。 でも、違う状況もある。やすきは川崎競馬場に向かおうとして、コンビニで道を聞いたが、懇切丁寧に教えてもらった。血が通ったコミュニケーションだ。 STICKYは、自らの手で生を終わらせた、とメディアには発表されている。川崎はハードでタフな土地だろうが、このお店のような温かさも、同時にある。『Orange』のバースを聴きながら、かんがえる。私たちは、なにをなくしたのだろう。 むすびつくこと 〈nephew〉の生ハムサンドイッチ 〈野菜の里 須軽谷〉 〈前門飯店〉の餃子 〈みのり屋〉のごぼうサンド HOME