2026年10月18日、神奈川県横須賀市小原台にある〈BULL FARM〉にて「どMフェス」が執り行われた。

寒露の晴天。九月の長雨が嘘のように、十月に入ってからは晴れが続いている。この日も半袖で過ごせる気温だった。

やすきは〈Hachis〉として、このイベントに参加した。

イベントのコンセプトを聞かされて一か月。どMのためのイベントと聞いて、え?と目を疑った。来場者に痛みを与えるという趣旨。横須賀で暮らして五年。Hachisを起点にさまざまなイベントを企画し、参加してきたが、ここまで鋭いコンセプトのイベントはあっただろうか。

コンセプトに合わせて、激辛スパイスカレーを作る予定だった。Hachisでは辛さが敬遠されがちだったため、唐辛子などの辛い香辛料はあまり使わず、むしろ甘めに仕上げていた。だから、辛い風味を目指すことは挑戦でもある。

イベントの前週、ライブをするために岡山へ帰郷していた。会場は、真庭市の湯原温泉にあるスペース〈LAUGHTALE〉。湯原は美しい渓谷で、ひんやりとした空気が流れていた。長い連休のせいか、観光客が浴衣姿であちらこちらを歩いている。川向こうにある旅館の駐車場は車で溢れていた。

リハーサルからライブまでかなり時間があったので、会場の周囲を散策しながら、店の前で仲間たちとだらだらしゃべっていた。

すると、店の前にひとりの人がずっと座って、機械をいじっているのが目に入った。機械はスタンドアローン型のMPC。パッドを叩くと音が鳴る。やすきが19歳で初めて購入した機材でもあった。ドラムを叩く音が、渓谷に響きわたる。

仲間に聞くと、ラッパーのライブに突然乱入し、辻斬りのようにドラムを叩く人だという。

ライブのほかにも、いくつか出店があった。ヒップホップに関するアパレルグッズ、タコス、野菜。店の前には瑞々しいトマトやハバネロが売られている。手に取ると香りがよかったので、買おうとした。

グッズ屋さんにお金を渡そうとすると、払うのは私たちではない、呼んできますと言われた。やって来たのは、さっきのMPCの人だった。

その人は関西弁で話していた。Iさんと呼ばれていた。人懐っこい笑顔で、晴れの日のような明るいバイブスの持ち主だった。籠にはたくさんのハバネロとハラペーニョが入っていて、ひとつかみ200円で売っていた。

「イベントは長いし、力いるからたくさんとっててや!」

そう言って、わしづかみにした唐辛子を袋に入れてくれた。隣のトマトとかじるとうまいで、と薦めてもらう。ハバネロの辛さを知っていたから少し躊躇したが、トマトとかじると辛さがうまい具合に和らいでうまかった。まだ青いトマトが、充実した旨味を持っている。土の力強さを感じた。

Iさんは関西から真庭市に移住したとのことだった。音楽でも、関西のシーンから岡山に引っ越す例はよく聞いていたが、ここで遭遇するとは思いもしなかった。

ハバネロ、ハラペーニョ、トマトを買い、横須賀に持ち帰った。半分は天日干しにした。

グリーンカレーで使っていたプリッキーヌも少し混ぜ、スパイスカレーに使った。テンパリングはせず、ハンドミキサーでグレービーに練り込む。ところが、材料を入れたタイミングで、どMフェスのグループLINEから通知が届いた。

「カレーは、あまり辛くしてほしくない」

やってしまった。

入れたものは仕方がない。代わりに旬の柿も練り込み、自然な甘さを出すことにした。

仲間

当日。同じ出店者の〈nico.pan〉さんが富士見町まで迎えに来てくれた。業務用の炊飯器と、道具を入れた葛籠を運ぶ。今回のイベントは〈nico.pan〉に誘ってもらった。いつもお世話になっている。

浦賀駅のさらに先、小原台。サッカー日本代表で、現在はベルギーリーグで活躍する伊東純也選手に縁のある土地でもある。坂が多いこの街に鍛えられたと、伊東選手は語る。坂を駆け上がったその足で、世界列強のディフェンスを切り裂いてきた。

〈BULL FARM〉さんは二回目の来訪だった。前に立ち寄ったときは、スイーツバーガーの「くりち」を買わせてもらった。カフェでもあり、海外から取り寄せたサボテンや古着も販売している。テキーラの原料になるアガベも売られていた。

問題が起こった。テイクアウト用のスプーンとしゃもじを忘れていた。一番近い100円ショップかドラッグストアに行くにも、浦賀駅まで出なければならない。

すると、店のスタッフさんがわざわざバイクを出して、買ってきてくれた。とてもありがたかった。

スパイスカレーを提供する準備が整った。午前10時、オープン。

しばらくすると、出店者の知り合いを中心に人が集まってきた。次々に注文が入る。今年に入ってからというもの、〈Hachis〉のカレーは一向に売れなかった。今日も出ないだろうと高をくくっていたので、焦った。

値段も決めていなかったので、一番目のお客さんに相談した。1000円くらいが妥当だろう、と。聞くところによると、1500円もするカレーのテイクアウトもあるとのことだった。マーケティングに長けておらず、値付けに困った。勉強しておかなければならない。

イベントはゆるやかに進んだ。ウェブラジオ「ねしし」のメンバー、月波さんやゆってぃも来ていた。月波さんは治療師として、ゆってぃはパイ投げ対決の出店者として参加していた。他にも、キッチンカーによるパンの販売があった。

〈nico.pan〉のさつまいも入りのパン

ゆるやかに時間が進んでいく。お客さんが訪れ、会場を見て回っていた。スパイスカレーも売れた。以前、別のイベントで何度か買っていただいた方だった。富士見町のHachisは閉めて、次の場所を準備しているんです、と話したら驚いていた。

イベントの途中、月波さんやゆってぃともじっくり話した。普段はラジオを通じた交流が中心で、こうやって顔を突き合わせる機会は少ない。ラジオのこと、これからのこと、自分の事業のこと。さまざまなことを話した。

〈BULL FARM〉の店主さんは二回もカレーを買ってくれた。横須賀で続けてほしいとも言ってくれた。

横須賀に住んで五年。はじめは本当に、あてもツテもなく、動くしかなかった。できるかどうかわからなかった店も、なんとか開けて、続けることができた。

店を閉めたあとも、こうやって周波数の合う仲間たちに囲まれている。津山で感じていたのと同じような、あたたかさがあった。

次の目標のひとつに、多拠点生活がある。今回は意図していたわけではないものの、岡山の野菜を横須賀の人たちに届けることができた。音楽が知らない景色に連れていってくれて、新しい出会いをつくってくれる。そんな予感がした。

これから新しいステージに向かわなければならない。心細さはあるものの、この仲間たちがいれば大丈夫。そう思って、また一歩、脚を進められる。