パンケーキで腹を満たしたあと。


江の島に行こうと思った。なんでだろう、と問われると明確に理由は答えられない。


スラムダンク、最後に流川と桜木が海を見るシーン。あれは江の島だったから、と気づいたからだろうか。

おもいだせない。だけど、当時のやすきは江ノ島に向かった。

長谷から、着替えたTシャツで、海岸線をあるく。爽やかな初夏。


左手の海は光の粒できらめている。雲はあっただろうか。右手には、たおやかな山。
空洞のような空き地がつづいている。なぜ、ここだけ建物がないのだろう。


鎌倉は、豊かな海もあるが、緑も多くある。
大きな崖のような稲村ケ崎が見えてきた。こういう地形は、西日本では見なかった。
崖を切り取ったような、かすかな山道を通り過ぎる。
稲村ケ崎の海岸がみえてきた。不思議な事に、ストッ、とそこで物語が切り替わったような感じがした。

物語のきりかわり

鎌倉海岸公園の稲村ヶ崎地区に到着した。ベンチに座り、休憩をする。30分以上は歩いただろうか。岩場があり、白波が立っている。由比ヶ浜より波が激しい。岩場には、1人の男性が立っていた。年齢ら当時のやすきくらい、30代だったろうか。人は海を眺めるものなのだな、と妙に印象に残っている。ここで眠りたかったが、先を急ぐことにした。

旅費を捻出するためにメルカリをしていて、Tシャツを稲村ヶ崎の郵便局で発送した。謎の行動だった。

稲村ヶ崎駅について、江ノ電に乗った。人生で初めてだった。本当に街の中を走っている。鎌倉高校駅前で降りた。スラムダンクの聖地だ。いまほど多くはないが、中国人らしき人たちがいた。考えてみると、8年前より今の方が鎌倉は人が多くきている。

江ノ島駅に着いた。商店街を抜ける。道端で、キッチンカーでパンを売っている人がいた。鎌倉の海岸でサーフィンをよく見かけたので、湘南は、移住して、商売で生計を立て、海遊びに人生全振りしている人もいるだろうな、と感じた。自由な気風が心地よかった。

江ノ島のトンネルをくぐり、橋を抜け、江ノ島に到着した。その時の印象は残っていない。

覚えているのは、立派な旅館やホテルが左右にあり、貝の串やら、お土産が店の出先で売られている。

後に移住してから、江ノ島から腰越を見るようになった。藤沢と鎌倉の境。景観条例があるから、ビルの高さで、おもしろいように境界線がわかる。

坂を登っていくと、左右どちらにもお土産屋や食事処があった。京都を思い出した。値段は、観光地価格で買うことはできなかった。

坂を登り、江島神社にお参りした。やすきは、ここで引き返した。この行き止まりだと思われた江島神社はさらに階段があって、島の裏手の方までいける。しかしこのとき、やすきはその道筋を知らなかった。

鎌倉駅にもどり、今日の宿へ向かうことにする。鎌倉ゲストハウス。梶原にあった宿だ。大仏方面に向かうバスに乗る。当然のように、大仏には寄らない。というか、横須賀に住んで4年、鎌倉の距離は圧倒的に近くになったがいまだに行ってない。

梶原についた。なんでもない住宅街なのだが、なんと空気の澄んだ場所なのだろう。宿について、少し早かったがチェックインをして、男性用のドミトリーで布団を敷いて横になった。

寝ていると、子供達の声が聞こえてきた。隣が公園だった。なんでもない日常だったにもかかわらず。

この時の静けさ、光のやわらかさは、どうしても忘れられない。清い記憶として、脳髄の奥底にねむっている。