〈鎌倉ゲストハウス〉で一夜を明かした。朝起きると、その日限りの宿泊客は、もう旅出して、次の道のりが始まっている。宿での邂逅は一度きりで、同じ夜は二度と起きない。まるで夢のように。儚さも美しさもある。

やすきは自転車を借りて、葉山に向かった。ママチャリのような形だった。〈CABaN〉に行くためだ。慣れない鎌倉の山道を、ペダルを漕いで進む。坂道をくだり、梶原から鎌倉駅まで下りて、由比ガ浜のどんつきを134号線を曲がり、葉山方面に舵を取る。

移住した今となっては、どこでどう曲がればどこに着くのか理解しているが、当時は初めてなので、どういう道のりかさえわからない。進んでいくと、小坪海岸に着いた。当時の日記には、ナゾの海岸に着いた、と記されていてる。岩に座って休憩をとった。すると、目の前に二人の男性が現れた。海に向かって、何か作業をしている。何をしているのかまではわからなかった。やすきは持っていたメモ帳で風景と共に、その男性をスケッチした。

これほど気持ちいいことがあっただろうか。海際を自転車で走る心地よさを知らなかった。海風が肌を撫でる。光の粒がきらめく海を横目に、無心にペダルを漕ぎ続けた。トンネルを抜けて、逗子海岸。小さな家々、低い山。移住した後に何度も何度もきたけど、この時の印象を思い出すためにきたようなものだった。おかげで、湘南にくるときはいつも新鮮な気持ちでいられた。

なぜそこにいたのか

葉山に着く。お洒落な場所なのだが、小さな街だった。母親の実家である久世を思い出した。統合され、今は岡山県真庭市になっている。郵便局があって、赤いポストがどうも記憶に残っている。一色か堀之内の郵便局のはずだが、思い出せない。

〈CABaN〉に到着した。近くに自転車を止めて、敷地内にはいる。看板や店づくりが手作りで、とても素敵な場所だった。雑誌に掲載されていた、フランス人のおっちゃんが案内してくれた。このフランス人のおっちゃんは雑誌ではDJをしていたのだが、普段はホールを任されているらしい。一人だとカウンターに案内されるのだが、雑誌に載っている白いソファーベッドの席に通してもらった。だが、おっちゃんが日本人のスタッフに、本来一人客では通さない席に空いてるから通してくれたことに対し、「正解だけど正解ではない」というような説教をされていた。気の毒だからカウンター席に移った。

パイナップルジュースをたのんだ。厨房は若い人ばかりで活気があった。森戸の〈Oasis〉みたいな雰囲気だった。スケボーに黒板塗料を塗ってメニュー表にしていて、チョークで書かれた手書きの文字もおしゃれだった。だが、高かった。パイナップルビールが1000円。ビールにパイナップルが入っている。入場料だと思って、食事はとらなかった。このあと、近くの安い町中華でラーメンを食った。メロウな場所だったが、人が多くて思ったほど落ち着かなくて、感動はなかった。

店を出て、さらに進んだ。本来の目的を終えてまだ進んだのは自転車の旅が、とても快かったからだと思う。あるいは、後の運命を暗示していたのか。一色を越えて、長者ヶ崎海岸まで来た。横須賀の標識が出た。記憶では、来すぎたな、と引き返したはずだったが、日記では、海岸でゆっくりしていた。

不思議な事に、日記ではずっと頭でここはこういうところだ、と情報を書いていたのに、横須賀に着いた途端、きもちがよくて、まどろんでいた、と書いてある。五感で感じ取り、まどろんでいた。

このまどろみの中に、横須賀で暮らす時間が、すでに始まっていたのかもしれない。