東京、麻布台。

2021年、津山から三浦半島に移住して、東京との距離が近くなった。神戸にいたころ、ライブをするため、年に一度は東京に来る流れがあったが、津山にもどってから、一度も行ったことはなかった。行きたいお店がいくつもあって、地図アプリのブックマークは1000件を越えている。しかし、すべてを消化する時間もお金もあるわけではなく、行けたのはそのうちのいくつかだけだった。しかも、東京は消費が速い。行きたかったラーメン屋も、「閉鎖」という文字が出ていて、気が付いたら店を閉じていた。
横須賀にきてから、東京に赴くと、店に行くよりは、エリアを歩き回った。渋谷から東京駅にかけて、どの道がどこにつながっているか、という地図が頭にぼんやり浮かぶようになった。
ヒルズというのは、向こうの世界の建築物のような気がしていた。六本木ヒルズをはじめて見に行ったとき、FF7に出てくる魔晄炉を思い出した。SFの建造物が具象化している、という印象。しかも、ヒルズはひとつではない。六本木だけではなく、虎ノ門にもあった。
2026年。〈Hachis AO〉に一区切りがついて、アルバイトで毎週金曜、横須賀から東京に通うことになった。京急で品川まで出て、【乗り換えの路線】新橋で降り、赤坂見附まで歩いていくことがあった。途中に虎ノ門がある。なにやら大きな建造物を見つけた。それが虎ノ門ヒルズだった。

出入りが自由なので、ロビーに入った。テーブルがあったので、三浦で買ったパンとコンビニの珈琲で一息ついた。夕方の五時ごろで、退社する若いサラリーマンたちの姿がみえた。そうか、ここはオフィスなのか。建物の外観だけが見えて、中身のことを考えてはいなかった。どういう人生のルートを辿ると、ここで働くことになるのだろう。想像もつかない。まるで別世界の人のようにも思えた。
Webラジオ「ねしし」で水曜日担当のゆってぃが、〈麻布台ヒルズギャラリー〉に行ってきたと話していた。虎ノ門ヒルズのすぐ近く、三つめのヒルズである。しかも、本放送と別に、思い出したように追加した放送だったので、よっぽど言いたかったのだろう。
展示は、「RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI AMBIENT KYOTO – TOKYO」。坂本龍一の音楽と、高谷史郎の映像による作品を展示するものだった。調べてみると、京都で開かれている「AMBIENT KYOTO」の東京版だという。AMBIENT KYOTOは2022年にブライアン・イーノの展覧会として始まり、今回の作品は2023年の京都展で初めて展示されたものだ。京都の展示には、やすきもとても行きたかった。アンビエント的な空間をつくるために、学びたかったのだ。かつて津山で〈Ambiente〉という施設をつくろうとしたこともある。
10月のとある金曜日。ホテル清掃の夜バイトがあったので、その前に出かけてみることにした。
静けさの庭園
2020年、地球がコロナ期に突入してから、やすきはアンビエントを聴くようになった。
津山での最初の店を閉めて、神奈川への移住を決めたとき。外に出て働いていた。ホームセンターの棚替えを二か月間やった。四国、鳥取など、周辺の地域の人が津山に集まってきていた。コロナで本職が休業になった、という人が多かった。
見知らぬ人たちに揉まれて働く。短期派遣で働いている人たちはクセが強い。祖母が亡くなって、遺産相続の問題が起きて、気が休まることがなかった。猫たちと、当時のパートナーと暮らせる場所をさがしていたから、神経をすり減らしていた。
Spotifyから選んだのは、アンビエントのアルバムだった。ダウンロードして、休み時間に聴いた。今でも覚えている。ヴァンゲリス、D.Kの「Island of Dreams」、Steve Hauschildtの「Strands」。職場のちかくにある小川にこしかけて、心を鎮めながら、くりかえしくりかえし、よく聴いた。冬なので、寒い。つくってもらった弁当をほおばって、未来を夢見ていた。
独りになったものの、横須賀に住むようになり、日常的にアンビエントを聴くようになった。まだコロナが完全に落ち着く前で、ワクチン接種の予約はごった返していた。知り合いもだれひとりとしていないこの地で、不安になる夜もあった。ふとんのそばで、アンビエントをiPhoneから流していた。横須賀で〈Hatis AO〉を開いても、プレイリストにアンビエントをしのばすこともあった。
日常にアンビエントが息づくようになった。瞑想をするとき、北欧のアンビエントアルバムをAIに聞く、ということをするようになった。ただ、作家性が薄いから、どうにもアーティストとアルバムの名前が覚えられない。
今回の展示の主役である坂本龍一は、やすきが敬愛するアーティストのひとり。2023年に亡くなられて、ついぞお会いすることはかなわなかった。津山の旧銀行を改装したアートギャラリー、〈PORT〉で働いていたとき、館長の飯綱さんが、坂本龍一とアルヴァ・ノトのコラボレーションアルバムを好んで聴いていて、そこから坂本龍一によるアンビエントを聴くようになった。
耽美的でもあり、彼の繊細さを具象化したようなピアノのタッチは、夜に浸るに申し分ない。環境音に単純なメロディがのっていく。シンプルな構成に胸を打たれた。
その坂本龍一の音を聴きに、麻布台へ向かう。
ギャラリーのある施設に入る。やすきと同時に、若い女性二人組が入っていった。おそらく同じ展示を見るお客さんだが、やすきは違う方向へ行った。エレベーターで二階に上がって、トイレに入った。出てから不明瞭な案内を見直すと、ギャラリーはどうも地下のようだった。エレベーターでくだって地下まで行く。
受付があった。当日料金、2500円で入る。払い終わると、次のスタッフから案内を受けた。写真を撮ってもいいが、展示に配慮して、音の出ないカメラアプリのダウンロードを推奨している。推奨というか、QRコードを読まされて、ほぼ強制だった。

暗幕をくぐり、展示室に入る。横に長いホールで、とても長いスクリーンが用意されてあった。モノや空間の展示かと思っていたが、音と映像のみ。シンプルなつくり。観客は、床に座り込んだり、いくつかある椅子やスツールに腰掛けたりしていた。やすきは右端の空間に座り込んだ。大きな柱があって、スクリーン全体は見渡せなかったが、問題はなかった。天井にはいくつものスピーカーが三段に装着されてある。一段につき、横にいくつも並んでいる。高中低と、音域によって分かれているようだった。
スクリーンにはあらかじめプログラムされている映像が延々と流れていた。寺、島、図書館、川、海。シンボリックな映像に、ノイズがすこしずつ映りこんでいき、また新しい映像が浮かんでくる。その繰り返し。音楽とは完全に一致していない。だから、映像がリズムを刻んでいるようにも見えた。抽象が具象を侵食し、また具象がよみがえっていく、という具合に。海の映像が流れると、水の流れがだんだんと止まっていき、まるで時間が凍結されていくようにも感じた。
そのずれは、意図されたものだった。流れていた「async」というアルバムは、非同期をテーマに、「空間に音を立体的に設置する」という「設置音楽」の構想のもとで作られている。坂本龍一は西洋音楽のシステムに懐疑的になっていて、より自然を志向していた、ということだろうか。
時間をつなぎなおす
やすきは映像を眺めていた。とにかく、天井から降り注ぐ音のメランコリーがとても心地よかった。三角座りになって、目を閉じる。目を閉じても、瞼に光が飛び込んできて、心に印象が伝わる。ながれてくるピアノの旋律に、幾度か涙が出そうになった。工事現場の音のようなインダストリアルな音が流れてきて、ときおり意識が飛びそうにもなった。快と不快が交錯する。
だんだんと、音と空間に没入していく。しかし、一方で、思考が渦巻いているのにも気づいた。あれもこれもしなければいけない。欲張りすぎだ。先のことも考えなければいけない。が、今ここに、意識をフォーカスする。それよりも大事なことはあるのだろうか。
意識が変容する様をながめながら、雑多な思考にまみれた自分を恥じた。
一時間ほどそこにいただろうか。ギャラリーから外に出る。まるで無防備になった意識状態で、東京の高層ビルの風景を横切っていくと、押しつぶされそうになる。なんという情報量だろう。







日常を生きていると、やらなければいけないことだらけだし、SNSではありとあらゆる情報があふれている。他人の結果がすぐ届いて、比較を迫られる。この一年、店を閉じてから、SNSを見る機会を意識的に減らした。思考のノイズを減らして、自然に近づいていくこと。区画ばった情報のリズムに同期しすぎないこと。アンビエントは、心の静けさを教えてくれた。
坂本龍一はこの世にいない。しかし、死後もこうやって展示が催され、生きている人々の胸を打つ。2026年のやすきの意識のありようまで、変えてしまった。あるクリエイターの死は、終わりではないのかもしれない。時間は、過ぎていくだけではなくて、繋ぎ直すこともできるのだろう。

この体験をまとめたくて、お茶をしたくなった。虎ノ門の再開発から外れた区域にある〈COFFEE 葵〉に立ち寄る。ここもミニマルなつくりで、カウンター席がいくつかあるだけの店だった。エスプレッソマシーンが鎮座する端の席に座り、浅煎りのエチオピアを注文した。ちらりと開いた厨房の扉から、庭が見えた。思考を手放して、意識を空間に向けた。静かだった。