虹色のパサージュ論:塚山公園へ 京急安針塚駅。横須賀中央から三駅、小さな駅だ。近くには海上自衛隊の基地がある。横須賀の中でもなかなか訪れる機会の少ない場所だ。 安針塚は、三浦按針と名乗ったイギリス人、ウィリアム・アダムスとその妻が供養されている。イングランドのケント州に生まれた彼は、オランダの貿易船、リーフデ号に航海長として乗船したが、航海の末、現在の大分県に漂着した。アダムスが持つ航海術、先端の知識を気に入り、徳川家康から逸見の領地を与えられた。お雪という日本人の妻を娶り、二人の子供を設け、日本人として暮らし、1620年、平戸で55年の生涯を閉じた。 関西に住んでいたが、横須賀を終の棲家にした人から、塚山公園の景色は最高だと聞いて、行くことにした。まだい一度も訪れたことのない場所だった。八月の頭。今年の三浦半島は、風があって心地いい。涼しさが体を突き抜ける。 駅を降りると、〈Basil And Clove〉というイタリアンレストランがある。ほとんどお店がないので、目立つ。高架下をくぐって、山の方へと向かっていく。以前、〈月見台住宅〉へ、ここから出発したことがある。ちょっとした冒険になった。山の高いところまで行くと、野菜の直売所や、工場のような場所を見つけた。横須賀は入り組んだ迷宮のようで、いまだに発見がある。探索しているうちに、ミノタウロスが出なければいいけど。 谷戸をあるく 坂を上がっていく。変電所を見つけた。それ以外は取り立てて目印になるような場所もない。谷戸の風景。ゆるやかな山間にあるくらし。ここにも暮らしがあるのだ。このあたりだと車があったら便利だろう。過ぎゆく家々に、静謐さがある。庭にすだれがかかって、洗濯ものを干している家を見かけた。 人の顔のような倉庫があった。〈月見台住宅〉に向かう道にあったので、覚えている。アーティスティックなオブジェもある。このルートは間違っていた。分岐点まで引き戻る。 やや急こう配な坂道をのぼっていく。まだ家がある。歩いて20分。だれひとりも、車の一台とて、すれ違うことはなかった。静かさを約束され、封印された街なのだろうか、と思いつく。豊かな緑。夏の残響が、アスファルトの影になってゆらめいている。どこかで見た、懐かしさを覚える光景だった。津山だ。やすきの故郷、津山に似ていた。横須賀と津山が似ているとは、思いもよらなかった。 曲がりくねった坂道を登りきると、塚山公園へたどり着いた。広々とした敷地に、もうひとつ、階段がある。見晴台のようなので、ようやっと一人の男性とすれ違った。黒のポロシャツと、グレーの半ズボンを履いていた。お互いの領域に踏み込まないよう、会釈もせず、通り過ぎた。男二人がすれ違うことのできる幅が、階段にはあった。 見晴台からの風景は、壮大だった。横須賀中央のタワーマンションから、猿島、追浜までが一望できる。逸見の街並も見えた。ウィリアム・アダムスの領地だった場所だ。 ここを教えてくれた人も、関西から横須賀に移住し、ベースの仕事をしていたが、コロナで関西に戻ることができなくなり、気が付いたら定年を迎えていた。関西に帰る理由もないから、横須賀に住み続けることを選択したようだった。その人も、ウィリアムも、故郷が恋しくはなかったのだろうか。見晴台から逡巡していると、望郷の念をかき消すような懐かしい風が吹いた。そうか、彼らは、異郷をふるさととしたのだな。横須賀の、多面的で、豊かな自然が、包み込むような風が、それを教えてくれた。 むすびつくこと 鎌倉への旅④ 鎌倉ゲストハウス篇 〈みのり屋〉のごぼうサンド 鎌倉への旅⑥ 横浜篇 〈farbiger Alltag〉のロッゲン HOME