〈Cafe PARK〉が残したもの 2026年6月末。横須賀の北久里浜にある〈Cafe PARK〉が閉店した。 〈Cafe PARK〉は昭和のころ、追浜で行列ができていた店のチャーシューが食べられる店だった。横須賀の味を、歴史を保存してきた店。やすきは一度も足を運ばなかったことを後悔した。 富士見町から久郷、北久里浜への道のり 久郷にある八百屋さん 元やきとり屋だった居酒屋のあと 富士見町から久郷を抜けて、北久里浜へ向かう。ひさしぶりのルートだ。階段をのぼりくだりすれば、40分ほどで到着する。 谷戸は自然が近い。やすきの地元は山が高かったが、山までの距離がある。谷戸の中で生活していると、自然との距離が近く、一体となるようだ。東京の都心で暮らすのとは、また別の感覚になるだろう。 あるく。階段をくだる。あちこちにある公園。仕事をする人。歩く人。車。街は呼吸している。 久郷にあるラーメン屋、〈りはっちゃん〉は根岸町に移ったようだった。横須賀は飲食店は比較的定着しやすいが、移転もふくめて、歴史は移り変わる。それを記憶に留めなければいけない。 しばらくして、北久里浜に着いた。シャッターが閉まった家の2階にあった。 中に入ると、テーブルの上に什器が並べられている。何人かが見て回っていた。やすきはサーキュレーターとフードプロセッサーを400円で譲ってもらった。サーキュレーターは、昨日、米が浜通の居酒屋で、うち、扇風機ないんですよという会話をしたからだった。 インターネットの情報を見ると、看板猫がいたが、亡くなられたということだった。壁に張られた写真が、記憶と、猫たちとお客さんがすごしたこのお店の時間を物語っていた。 メニューが入り口に貼ってあった。カフェオレが350円、ランチが600円と、物価高の令和において良心的な価格。また、ヤマヤという追浜の店のチャーシューも売られていた。どんな味だったのだろう。 サーキュレーターとフードプロセッサーかついで、佐野町の〈シェアキッチンTONARI〉まで歩く。1時間くらい。先週のマルシェでエプロンを忘れて、回収しに行くためだ。めいさんとすこし話す。 〈TONARI〉で間借り営業していたカレー屋、〈ぐるぐるマサラ〉さんが森崎で店舗営業を始めた。なんの因果か、やすきが〈TONARI〉で間借り営業をしていた枠だったが。横須賀で、新しいチャレンジがまたはじまる。 チャレンジが終わった店もある。繁盛していても、体調や事情で店を閉じる人もいる。〈TONARI〉は、二か月だけ営業したお店の跡にできた。そのお店のおかげで、〈TONARI〉の流れができて、新しい挑戦があり、人々と地域が結びついている。呼吸している。無駄になることはない。 ひとつだけたしかなのは、そのお店にはお客さんの記憶や、流れた時間があった、ということだ。だれかの日常でもあったろうし、旅先での一コマかもしれない。だれも記録しないだろうが、なにより尊いものだと言える。横須賀は日常の街だ。ささやかな生活の色彩が、街のあちこちに花咲いている。道端の紫陽花のように。 むすびつくこと NO IMAGE 久里浜ペリー祭 『アフリカ哲学全史 』/ 河野哲也 NO IMAGE おっぱままつり 2026 NO IMAGE 日本 VS ブラジル @FIFAワールドカップ2026 HOME