夜のクラブで、ジャズが「未来」と呼ばれていた時代があった。サンプラーとターンテーブルの横に、ウッドベースとサックスが並んで、古いレコードの埃を払った音が、なぜか明日の匂いをさせていた。新連載「Futurism」は、2000年代を中心にしたクラブジャズ/フューチャージャズの旅。第1回は、その源流のアシッドジャズから、世紀の変わり目に地図がぱっと塗り替わるところまでを、ゆっくり歩いてみたい。

1987年、冗談みたいな名前から

はじまりはロンドン。DJのジャイルス・ピーターソンと、モッズ育ちのエディ・ピラーが1987年に立ち上げたレーベルが「Acid Jazz」だった。当時イギリスのクラブを席巻していたアシッドハウスをもじった名前で、ふたりにとっては半分ジョークのつもりだったらしい。ソーホーのWag Clubの月曜の夜、カムデンのDingwallsの日曜の午後。古いジャズファンクやレアグルーヴで踊る人たちの輪のなかに、自分でも演奏したくてうずうずしているミュージシャンたちがいた。レーベルはそこから生まれた。

最初の7インチはGallianoの「Frederic Lies Still」。やがてピーターソンは1989年ごろに抜けて、フォノグラム傘下に自分のレーベル「Talkin’ Loud」をつくる。Galliano、Young Disciples、Incognitoらを抱えて、ふたつのレーベルはライバルとして張り合った。一方のAcid JazzはThe Brand New Heavies、Corduroy、そしてJamiroquaiを世に送り出す。90年代のはじめ、アシッドジャズはクラブの片隅の遊びから、チャートに顔を出すひとつの「ジャンル」になった。

このころのアシッドジャズは、どちらかといえば人肌の音だ。生のホーン、パーカッション、ソウルフルな歌。ジャズファンクとソウルとヒップホップを、汗をかきながら混ぜていた。ここから先、ジャズはもう少し電気の方へ、もう少し宇宙の方へ寄っていく。

「フューチャー」が付いた日

舞台はドイツ・ミュンヘンへ。1993年、DJのミヒャエル・ラインボートがCompost Recordsを始める。そして1995年、コンピレーション『Future Sound of Jazz』の第1集が出る。この一枚で「フューチャージャズ」という言葉は、ひとつの旗印になった。ダウンテンポ、ブレイクビーツ、ドラムンベース、ボサノヴァ。ジャズの「手ざわり」さえあれば、ビートは何でもいい。そんな大らかさが、このシリーズの芯にある。

同じころ、北の方ではもっと静かな革命が起きていた。ノルウェーのピアニスト、ブッゲ・ヴェッセルトフトが1996年にオスロでJazzlandを立ち上げ、『New Conception of Jazz』を発表する。ECM的な北欧の透明なジャズに、DJやスクラッチ、エレクトロニクスを持ち込んだ音で、ヨーロッパ中でよく売れた。「ニュージャズ」という呼び名が広まるのは、このあたりからだ。

そして2000年5月、パリのリュドヴィック・ナヴァールことSt Germainが、名門Blue Noteから『Tourist』を出す。ハウスのビートの上でサックスとオルガンがふわりと漂う、あの感じ。カフェでも雑貨屋でも流れていたから、ジャンル名を知らなくても耳にしていた人は多いはず。フューチャージャズが、クラブの外の日常にまで降りてきた瞬間だった。

ベルリンのレコード好きたち

2000年代のクラブジャズを語るなら、ベルリンのJazzanovaは外せない。1995年に結成されたDJとプロデューサーの集団で、1997年には自分たちのレーベルSonar Kollektivを始めている。並行してCompostと組んだ「JCR(Jazzanova Compost Records)」も動かしていて、ここからはスウェーデンのKoopの『Waltz for Koop』という、レーベル史上いちばんのヒットも出た。JCRは45枚を出したところで2003年に幕を閉じ、彼らはSonar Kollektivに集中していく。

Jazzanovaのおもしろさは、DJセットを「トロイの木馬」のように使ったところにある。フロアを踊らせながら、そのなかにポーランドのジャズやブラジルのレコードをこっそり忍ばせる。1999年にはポーランドの60〜70年代のジャズを集めたコンピまで組んでいる。2002年のアルバム『In Between』は、ニュージャズとブロークンビートとフューチャーソウルの交差点として、今も聴き継がれている一枚だ。

ウェスト・ロンドンの、つまずくビート

ロンドンに戻ると、90年代の終わりに西の方で新しい音が鳴り始める。ブロークンビート、通称「ブルック」。4/4のようでいて、キックとスネアがわざとつまずくように置かれた、ふしぎに体が揺れるリズムだ。ディストリビューターのGoya Musicの事務所も、アーティストたちのスタジオも、ラドブローク・グローブあたりに集まっていたから、そのまま「ウェスト・ロンドン」とも呼ばれた。

中心にいたのは、ドラムンベースの先駆者でもあった4heroのふたりと、IG Culture、そしてプロデューサー集団のBugz in the Attic。4heroがTalkin’ Loudから出したアルバム『Two Pages』は、このシーンの道しるべになった。Bugz in the AtticのMark Forceが始めたクラブナイト「Co-op」は、Velvet Roomsから伝説のクラブPlastic Peopleへと場所を移しながら、シーンの台所であり続けた。ジャズとファンクとハウスとドラムンベースを、一つの鍋で煮込んだような音。ジャイルス・ピーターソンも、ここを熱心に後押しした。

イタリアとフィンランドの、粋なスーツ

電子音の方へ進む流れがある一方で、2000年代のクラブジャズには「ジャズに還る」もうひとつの流れがあった。その先頭にいたのが、ミラノのSchema Recordsだ。1997年にルチアーノ・カントーネとダヴィデ・ローザが始めたこのレーベルから、2000年、南イタリアのバーリ出身のニコラ・コンテが『Jet Sounds』を出す。ボサノヴァと60年代イタリア映画のサウンドトラックと、モダンジャズ。ジョビンとニーノ・ロータを掛け合わせたような、と評されるその音は、ちょっと気取ったスーツみたいに洒落ていた。

北の果てヘルシンキでは、The Five Corners Quintetが2005年に『Chasin’ the Jazz Gone By』を発表する。出したのはRicky-Tick Records。もともとはこのバンドの最初の7インチを出すためにつくられたレーベルだった。60年代のハードバップやモードジャズをそのまま生のバンドで鳴らして、それでいてフロアがちゃんと沸く。打ち込みではなく、生演奏で「踊れるジャズ」を取り戻す。このあたりから、クラブジャズの重心はふたたびバンドの方へ動いていく。

東京、渋谷の小さな部屋で

そして、この物語の大事な舞台のひとつが東京だ。1990年、渋谷で矢部直、松浦俊夫、ラファエル・セバーグの3人がUnited Future Organization(U.F.O.)を結成する。デビュー作はピーターソンのレーベルから出て、日本のクラブジャズはいきなり世界とつながった。ちなみに「Futurism」という連載名のずっと手前に、彼らの「Future」がある。

京都出身の沖野修也・好洋の兄弟によるKyoto Jazz Massiveも、90年代はじめから活動していた。2001年ごろピーターソンに見出されて世界に広まり、2002年のアルバム『Spirit of the Sun』で、日本のフューチャージャズの顔になる。沖野修也が渋谷で営むクラブThe Roomは、2000年代の東京のクラブジャズの拠点になった。ここで育ったバンドのひとつがSleep Walkerで、2003年にはロンドンのJazz Cafeでファラオ・サンダースと4夜連続で共演し、翌年にはサンダースを迎えたシングル「The Voyage」を出している。

同じ2001年、東京のクラブで、DJの横で生のジャムを始めた仲間たちがSOIL&”PIMP”SESSIONSになる。2003年には、まだレーベルに所属していないバンドとして初めてフジロックに呼ばれ、自分たちの音を「デス・ジャズ」と名乗った。2002年結成のQuasimodeは、60〜70年代のジャズのリズムをラテンの風味でフロアに届けた。世紀の変わり目、世界中でDJが神さまのように扱われていたころ、日本のバンドたちはその逆を行って、生演奏のジャズをクラブの真ん中に据えなおした。オランダのノース・シー・ジャズ・フェスティバルが、そんなふうに日本のシーンを紹介していたのが印象的だ。

未来は、うしろ向きにやってくる

こうして並べてみると、フューチャージャズの「未来」は、ずいぶん過去と仲がいい。レアグルーヴを掘る人が、ブラジルやポーランドや北欧の古いレコードを掘る人になり、やがてそのレコードの鳴らし方を自分たちのバンドで再現するようになる。前に進むために、いったん後ろを向く。ボサノヴァのギターが、何十年たっても古びずにいまの部屋で軽やかに鳴るのと、どこか似ている。

2006年、ピーターソンは新しいレーベルBrownswood Recordingsを始める。アシッドジャズの冗談みたいな名前から20年近く。クラブとジャズの関係は、いつのまにか次の世代へ手渡されようとしていた。次回は、そのあいだに生まれた名盤たちを、一枚ずつ針を落とすように聴いていきたい。

まずはこの5枚から

  • St Germain『Tourist』(Blue Note, 2000)
  • Nicola Conte『Jet Sounds』(Schema, 2000)
  • Jazzanova『In Between』(JCR, 2002)
  • Kyoto Jazz Massive『Spirit of the Sun』(2002)
  • The Five Corners Quintet『Chasin’ the Jazz Gone By』(Ricky-Tick, 2005)

参考にしたもの

  • 沖野修也『クラブ・ジャズ入門』(リットーミュージック, 2007)
  • 小川充 監修「Jazz Next Standard」シリーズ、『CLUB JAZZ definitive』
  • Wikipedia(英語版)Acid Jazz Records/Compost Records/Jazzanova/Broken beat/Schema Records ほか
  • All About Jazz「The Sophisticated World of Schema Records」
  • FACT Magazine「The 20 Best Broken Beat Records Ever Made」
  • Jazz in Europe「Jazzanova – The Berliners Who Helped to Spark a Rebirth of Jazz in Europe」

文=Donuts.編集部