—浦賀の光風台でお店をされていますが、横須賀の暮らし心地はどうですか?

「最初、初めて来たときの印象は『坂』。坂なんだなー、光風台は、と思った。で、一年は前の会社に通ってたんだけど、行きは下りでいいんだけど、帰りが疲れて上りなんだよね。最初は何も気にしなかったけど、夏を経験した時に、暑すぎてこれ登れないってなった。

ただ、住んでみて、風通しがめちゃくちゃいい。窓を開けるだけで、扇風機もクーラーもいらない。本当にいい場所だなと思った。ご近所さんも優しいし、光風台ってお祭りもあるし、いまだに町内の活動に力を入れてるんだなって思った。住んでみて、ここ好きだな、って。光も風も」

—生まれ育った横浜と横須賀って、どう違う?

「あのね、たまたま横浜でも坂が多いところだったんだけど、市営住宅は平地だったんだよね。目の前にどでかいイオンがあったし、生活面はすっごいラクだった。光風台に来て、一番近いのはコンビニだし、私生活をしていく中での買い物だったり、不便はある。けど、それぞれの良さはあるよね。

川崎に引っ越したこともあるけど、川崎には川崎の良さがある。便利すぎたんだよね、川崎も横浜も。こっちに来て、横須賀中央とかに行けば揃ってるけど、すっごい潤ってると言ったらそうでもない。また、その感じがすごくいい。あと、自然が豊か。ちょっと行けば、波の音が聴ける。波の音を聴いたらリラックスできるし」

—横浜にはそれがないの?

「横浜に住んでると、海を見るには結局江の島まで行かなきゃいけない。川崎にも海はあるけど、工場地帯だし、東京湾だから綺麗ではない。あと、動物ね。横須賀はリスとかタヌキとかいるし。あっち(横浜や川崎)には、ないんだよね」

―都会の生活が長かったと思うけど、便利さってなんだと思う?

「便利さって、身の回りのものがすぐに手に入るかどうかだと思う。でも、何かあったときに、死ぬか死なないかで言ったら、死なないからね。洗濯機がなくても別に生きていけるし、お風呂がなくても生きていける。昔の人なんて、川に入って体を洗ってたわけだから。そういう実績があるわけだし。

『めんどくせー』って気持ちが、現代は生まれちゃったんだと思う。便利さっていうけど、みんなただめんどくさいんじゃない?」

―手紙もさ、その尺度でいうとめんどくさいじゃない。メールとかLINEのほうが早い。ただ、不便とされているものの中に大切なものがある。

「そうなのよ。さっきも言ったけど、親父が亡くなっちゃったから。もう二度と新しいものは生まれないんだよね。最後に遺ったものがデジタルかアナログか、なんだけど。手紙だったら、なんでこのペンの色を選んだかとかさ、なんでこの言葉を選んだかとか、その人らしさが出るのよ。LINEだと、クリアって押しちゃったら、その人の個性が出ないのよ。やっぱ直筆だよね、字。

あとね、こうやって声で残すっていうのも大事。亡くなって何十年後かに、声を忘れちゃうってよく聞くんだよね。でも家族、身内だと覚えてる。友達とかだと、大切だったけど、そこまで深い関係じゃない人って、忘れちゃうかもしれない。だから残すべきなんだよ、めんどくさくても。

今は(世の中が)潤ってるから、みんなめんどくさいんだよね。ラク、幸せ、何でも揃ってる。だから別に、やらなくてもいいじゃん、って。でも、死を経験してしまうと分かってるから、その大切さが。だから動くんだよね。それはお金にはできないよね。値段もつけられない。価値がありすぎちゃって。その価値に気づけるかどうか。手紙って」

―大切だね、それは。

「家でも手紙は書けるんだよ。でも、人間って意外とやんないから。でも、手紙を書くような場所〈KotodamA〉があると、せっかく来たしって気持ちにもなるし。それでもう充分なのよ。めんどくさくてもやるって、そういうことなんじゃないかな」

―めんどくさいけど大事なことって、言葉にするとなんなんだろう。

「個性なのかな。すっごい喧嘩して、その人とは二度と会わないってなるじゃない。嫌な相手でも、いい人でも、印象には残るじゃん。でもね、忘れないからね。個性なんだと思う」

―りょーちんがそういうことを学んだのは、お父さんの死からなんだよね。

「俺の気遣いで、母の日にアルバムをつくるからって、メッセージ用に親父に手紙を書いてもらったんだ。死んじゃったとき、それ、捨てられないんだよね。一生モンの宝になって。

簡単なことなんだよ。母ちゃんがフィリピン人で、(親父は)優しさでカタカナで書いてるの。家族、って言葉でも『Family』って書いてる。英語とカタカナが入り乱れて、Familyが一番だよってことを書いてる。亡くなってるのに、優しさが残ってんだよ。すごいよね。

だから、嫌いなやつにも手紙を書いてほしい。手紙は本音が出んのかな」

―KotodamAをやってて、「これは素敵だな」って手紙はあった?

「手紙のメニューに『公開したい、みんな見て』っていう手紙があって、それは俺も見るんだけど。

三人組のお客さんが来たの。けっこう若めの、職場が一緒の人たちで、有給休暇をとって来てくれたんだよ。で、『三年後の手紙を書きたい』って。住所変更とかがあるから、うちは一年後しか受け付けないって言ったんだけど、じゃあ自分たちは『三年後にまた来ます』って言って。いざ書くとなると、友達同士だと気恥ずかしいんだろうね、別々のテーブルで書いてて。何書くんだろうなと思って。

一人は一年後の自分に書いて、もう一人は今日の出来事を書いてた。最後の一人は『二枚書きたい』って言って、ひとつは自分に、もうひとつは二人宛てに書いてた。その子は韓国出身で、これから軍隊に入らなきゃいけない。

だから、二人への手紙に『この手紙を君たちが読んでるとき、僕は地雷を踏んで死んでるかもしれない。ただ、もしそうなったとしても悲しまないで笑ってほしい。あなたたちと出会えてよかった。今日の旅は楽しかった』って書いてあった。自分宛ての手紙の方にも、『日本に来て、素敵な友達ができてよかった』と書いてあった。

公開してもいい手紙だったから俺はそれを読んだんだけど、その二人が見るのは、彼らが三年後に来たときなんだよね。いい方向に行ってほしい。ここ最近で一番インパクトがある出来事だった。日本に生まれてよかったな、と思った。

Googleレビューにも、その三人がレビューを書いてくれて、三年後に絶対にKotodamAに来るって約束してくれた。いろんな感情になったよ。悲しいし、同時に、KotodamAを絶対にやり続けなきゃって。三年後、三人に笑ってこの手紙を読んでほしい」

人はいつか、死ぬ。終わりを迎える。しかし、なにかを残すことは、できる。父の死をきっかけに、りょーちんは大切さに気付いた。だから、その息遣いが残って、見えない形でお店に生き続けるのだろう。まるで映画みたいな出来事が、〈KotodamA〉には起こっている。

光風台が風通りがよく、いい場所だ。ごはんを食べにいくだけでも、気軽に行ける。手紙を綴りに、出かけてみよう。