〈麺処 池田〉の朝ラーメン

朝の横須賀中央。

汐入のコースカにしか売ってない砂糖があって、朝から買い出しに出かけた。

富士見町からどうみき坂を下り、国道16号線から一本山側の道まで出る。「パン・洋菓子 シルバーベーカリー」の跡地がある通り。ここまでくると、歩いて通勤している人は少ない。

裏道をまっすぐ歩くと、アロエが軒先にある家をすぎて、田戸小学校に突き当たる。左に曲がれば、ラピュタを思わせる巨大な擁壁。いつもと変わらず、壮大な要塞はいつも通りに構えていた。この光景をやすきは何度となく見た。

そのまま進めば米が浜通のファミマに辿り着く。そこでいつも珈琲を飲むことが習慣になっている。たまに、老舗の〈カフェ・コンティニュー〉さんでチーズトーストを頼むこともある。

生きる

朝の準備はいつも時間との闘いなのだけれど、この日は準備が余裕もあったし、どこかのお店で食べることにした。

横須賀中央の一画に、ラーメンの激戦区と呼んでも差し支えないような通りがある。二郎系インスパイアの〈神豚〉、中華の伝統色が強い〈KOMINE〉など、さまざまな系統の麺屋が一区画にひしめき合う。

存在は認識していたけど、なぜだか入らなかった〈麺屋 池田〉が目に入った。安いお店をさがしていたら、朝ラーメンが500円という張り紙が目についたからだ。

記憶違いでなければ、〈麺屋 池田〉さんが朝ラーメンを始めたのは、近所に〈らぁ麺 善治〉がオープンしてからだ。

街中の商売は、競争もあって、厳しい。〈らぁ麺 善治〉の隣にあったチェーンのカレー屋さんは退去してしまった。この中央の区画は、横須賀の中でも店舗家賃が最も高いエリアのひとつだろう。

お店で稼いだお金はなるべく別の個人店で落とす、それが循環。地元の〈Stay Bar〉をしている忠政さんの教えを実践すべく、扉を開いた。

左側に厨房とカウンター、右側に券売機があった。店主さんの威勢のいい挨拶が飛ぶ。活力が沸いてくる。

券売機の朝ラーメンの位置がわからなかったので、女性スタッフにお聞きした。こちらも、活力のある方だった。ご主人の奥様だろうか。

朝ラーメン。ご飯と卵はおかわり自由

朝ラーメンの食券を買い、カウンターの左奥側の席についた。朝からでも、ほかのレギュラーメニューは食べれたようだった。担々麺が売りらしい。

注文すると、ご主人は鍋を振るって調理を始めた。やすきは席に座って、開店までの段取りをぼおっと考えていた。

店内は昔ながらのラーメン屋といった趣で、見えない白い煙で曇っているように見えた。昭和ではなく、平成がそこにはあった。女性スタッフは、カウンターで賄いを食べていた。ご主人と仲良く話をしている。

数分後、お待ち、とラーメンが出来た。ラーメンにはチャーシューはなく、もやしのみだった。

「もやしの切り替わりで、大量に盛りました。残してもいいので、よかったら食べてください」

ご主人は満面の笑みでそう言ってくれた。その笑顔が、どんなに素敵だったことか。

やすきも飲食店主のはしくれなので、500円でラーメンを出す大変さを、少なからず理解できる。本当に気持ちで、お客さんに足を運んでもらいたいんだろうな、ということが感じ取れた。

自分もあまりお金は取りたくないんだけど、お店の運営のため、しかたがない。個人店だと対応できる客数が限られているので尚更だ。

それでも、その笑顔と、多く盛ってくれたもやしには、ご主人の気持ちが宿っていて、とても嬉しかった。やすきはもやしを頬張った。芯が残った火入れで、シャキシャキとした食感。スープと麺も美味しい。

人そのもののようなラーメンに、食べる以上の栄養があるように思えた。こういうコミュニケーションを取れば、ストレスを抱え込まなくて済むのに、と心から思う。

ごはんと卵はおかわり自由だけど、原価計算をして控えることにした。もやしがたくさんあったし、充分にお腹がいっぱいになった。

生きているという気になる、素晴らしいラーメンだった。やすきは満足して、買い出しに出かけた。食べる前と食べた後では、世界が一層明るくなったようだった。