音楽ソフトの終わり—TSUTAYA梅田堂山店の閉店より

大阪の中心地、梅田にあるTSUTAYA堂山店が閉店する。音楽業界の縮小を伝えるかのような悲しいニュースだ。んでも各地のタワレコやHMVも閉店しているし今更だ。日本はストリーミングへの移行がとにかく遅い。Sportfyの開始も遅かったし。原因はなんだろうかと考えると、既得権益が関係してくるのだろうか。頭の固そうなレコード会社は時代についていけずかわいそうだ。

映画コンテンツにしてもネットフリックスやアマゾンプライムがあるしいちいち返しにいくのが面倒くさい。本当にめんどくさい。だいたい返しに行くのがめんどうで延滞料金で稼いでいた節もある。アマゾンプライムならだるくなったら都度都度で解約すればいい。アマゾンで800円分のアマゾンカードを買って二ヶ月分契約すれば自動で解約してくれる。その間は見放題だ。すべての映画コンテンツを網羅しているわけではないものの、なんとなく映画が観たいくらいのモチベーションなら充分だ。契約期間中はずっと映画を観ているわけでもないし、充分モトを取れる感じがする。一定期間中に観なければならない、という謎のノルマ感との戦いもないし、気が楽でいい。

あらゆるコンテンツがデータ化されているので、極端にいうとソフトを持つ必要はない。物質として存在しないので独占もムリ。レコードが刷った枚数が少なければプレミアがつくという論理はどうもおかしいような気がする。中身に関わらず高値がつく。キノコの世界でも、むかし、松茸はシメジばりに安かったという。今は数が少なくなってさも高級食材ぶっているが、昔の料理本をみると「シメジが高級感がある」とか「香り松茸味しめじ」と言ったという。要するにみなシメジをなめすぎだ。松茸もそんなに実力があるわけではないのだろうか。美味しんぼで山岡がフォアグラとあんきもを比較したとき、評論家連中が馬鹿にしたことに対しめっちゃキレてたことを思い出す。形式ばったとこしか見てなくて実を見てないのだ。要するにひとりひとり価値基準がはっきりしていないということになる。なので他人のレビューや評価基準を重視する。自分がないんかオメーラは。

音楽をCDやレコードに落とし込んで、お金をつぎ込んだ人が文化的に豊かという時代は終わった。だってYoutubeやSoundcloudで育った今の世代が作っている音楽のほうがバックグラウンドがよく耕されていてグッドミュージックが多いもんね。いいことのが多い気がする。これからはなんでもシェアの時代だ。ムダなもんをあくせく生産して時間の浪費とストレスを増大すんのやめよーぜいい加減。お金など遣わなくてもいい。