湘南移住記 第167話『合格点』

午後9時半。台所。珈琲と向き合う場所。横須賀上町の金物屋さんで買い求めた鋳物コンロに、岡山の鉄工所で作られた手回し焙煎機をセットする。効率的に火力が伝わるように、ネジの高さを調節した。丁度いい高さが見つかるまで2週間かかった。

1ヶ月

先ほど焙煎したグアテマラを4mmでグラインダーで挽く。ドリッパーは、origamiからコーノ式に切り替えた。ドリッパーの下には、ハリオの600mlビーカー。3人分まで対応でき、取っ手が付いていて扱いやすい。

新しく導入したコーノ式ドリッパーはV60とは違い、淹れ方が特殊だ。初めはネルドリップのように点滴で湯を貯めて、一投で落とし切る。滞留構造がないため、3投、4投と抽出すると薄くなってしまう。

コーノ式に取り組んでわかったのは、今まで過抽出になっていたこと。origamiドリッパーに細挽きで落とし、珈琲の果実味の成分を出そうとした結果、苦味が出過ぎていた。

成分を過度に抽出しすぎようとしなくても、珈琲のいい部分は自然と出てくる。コーノ式に変えて気づいたことだ。

液体を抽出し、珈琲茶碗に移す。この茶碗は、〈谷ノ窯〉の堂下作品の作品。粉引の白い器で、UFOのような独特の形をしている。らもう3年は愛用しているだろうか。

珈琲の焙煎がうまくいった。これほどの喜びはない。

これなら、お金を頂いてもお出しすることができる。hatisの最後期まで取り戻せた。テストにテストを重ね、1ヶ月かかった。

ようやっとここまでたどりつけた

〈グアテマラ アンティグア ラ・フォリー〉。ラズベリーやダークチェリーの風味がある、華やかな豆だ。深く焼いてもボディ感が出る。焙煎のレンジが広い。

もうすこし水抜きをじっくりすれば、より果実味が引き出せる。

これからだ。東京の〈Glitch〉のようなレベルに並んでいく。追いつき、追い越せ。

答えを求めて

この1ヶ月、珈琲が思うようにいかなかった。焙煎は生豆の水抜きがうまくいかない。抽出も、ドリッパーをコーノ式に変えて戸惑っていた。ドリップは、コーノの社長が直々に淹れる動画を見て解決した。

日曜日、鎌倉に行った帰り、佐野町の〈No.13〉の野口さんを訪ねた。Instagramで、「体調はどうですか」とメッセージと私を気にかけてくれていた。

午後一時、〈No.13〉に行くと、ちょうど野口さんが外の掃除をしていた。客足は好調で、よく並んでいるのを見かける。

ドリップコーヒーを注文し、席に座る。野口さんのお父さんが、店の入り口で作業をしていた。挨拶を交わす。

野口さんの珈琲は香りと果実味がよく出ている。開店当初より酸味が落ち着いてきた印象だった。そのことを正直に話すと、

「余裕が出てきたからかもしれませんね。」

と答えてくれた。バタバタで準備をし、開店後も焙煎から接客まで1人でこなされている。

お金に余裕がなければ工夫で補えるが、時間の余裕がないと焦って謝った判断をしてしまう。そんな話になった。私もオープンまで期限を設けていたが、焦りが出て、体調を崩す結果になった。珈琲の焙煎にもそれが出ていた。時間的な余裕がないと、かえっていい結果がでないこともある。

野口さんに焙煎の相談をした。そうすると、意外な答えが返ってきた。

今回、焙煎の時間は15分までと決めていた。東京の珈琲の果実味に近づくためだった。

ところが、浅煎りオンリーの野口さんでさえ、水抜きに10分以上かけるとのことだった。1ハゼまで12分かけて焼いて、マックスの火力で1,2分焼く。この時に酸味と果実味、香りを出す。トータルで15分以上かけるとのことだった。

私は浅煎りは短く焼かないといけないと思い込んでいた。長く焼くと、コクが出るものの、香りが飛んでしまう。

早速、その時間配分で試した。2回目が、冒頭の文章のところだった。1ハゼまでとろ火で12分かける。7分時点で火力を少し上げたが、あれは焦りすぎだ。もっとじっくりいってもいい。

また、火力を最大にした後、豆が熱を持ったまま、極弱火で3,4分仕上げた。これで果実味を残したまま、コクが出せているはず。

もう少し完成度を高めたいと考え、米が浜通りの〈カフェ・コンティニュー〉のブレンドを飲みに行った。ご主人は銀座で修行されて、横須賀で自家焙煎珈琲店を長年開き続けている。それだけで偉業だ。

久方ぶりに飲んでみる。風味が整理され、洗練と品がある。

以前に来店した時、珈琲の自家焙煎の店をするんです、と伝えると、ご主人は「自分の感覚を信じてください」とおっしゃってくれた。

今回、ご主人と言葉は交わさなかったが、そのメッセージを思い出した。自分の理想からは程遠いが、現時点で思ったよりは悪くない。

自分の感覚を信じる。修練をつづける。〈コンティニュー〉のブレンドから無言のメッセージを受け取った。

珈琲は楽しい。嬉々として打ち込めるものに出会っただけで幸せだ。