湘南移住記 第105話 「東京日和」

横浜駅での、菅元総理の演説を途中で抜ける。最後まで見終えると、この大観衆の渦からの脱出が困難だと判断したからだ。そこから、JRに乗り上野駅を目指した。

Hayden Tokyo

今日は、浅草にある〈Hayden Tokyo〉というカフェに行くことにした。言葉に関する展示をしている、と女将がInstagramで見つけてきた。

上野駅で降りて、東京メトロに乗り換える。浅草へ。女将は書生の時分、よく東京に来ていたので東京メトロが懐かしいと言った。

それどころか、東京メトロしか乗ったことがない。環状線にすら乗ったことがないらしい。東京初心者の私でさえ環状線には乗ったのだが。というか、東京メトロだけでよく移動できたなと思う。女将の行動はいつもちょっとおかしい。妙だ。

浅草は、女将が好きなエリアで来たいと言っていた。私は蔵前には行ったが、浅草は初めて来る。

駅にはカオスなゾーンがあって、立ち食いそば屋が並んでいた。神戸のさんプラザもそうだが、闇市をやっていて居住権がつき、そのままやっているパターンだ。下手したら戦後からそんなに変わらない風景ではないか。

浅草は日が暮れかけていた。夕に染まる吾妻橋を渡る。スカイツリーが見えた。スカイツリーより、写真手前のアサヒビールホールのオブジェが気になった。なんであれを作ったのだろう。止める人はいなかったのだろうか。

女将の誘導で、〈Hayden Tokyo〉に到着した。コンクリート打ちっぱなしで、薄暗い。MacBookを持ち込んで仕事をしている人がたくさんいる。いかにも、東京のお洒落なカフェだ。

場違いに、5、6人の店の奥で女子高生グループが騒いでいた。彼女たちはこういうお店に背伸び感覚で来ているではなく、インスタで日常的に来ているようだ。もし私が高校生だとしたらこういうお店は入りづらかっただろう。

良き出会い

今日の展示は、10年間ずっとエッセイを書き綴っている小山将平さんの「言葉に出会う展」。壁という壁に、言葉が張り付けてあった。

私も高校生くらいから、文章をずっと書き続けている。それは自らの思考を整理するためであり、表現のためでもある。言葉を吐き続けていないと持たない。小山さんもそうなのだろうか。

小山さんの文章はやさしく、とめどなく流れる川のようだった。私は自分の文章を書きながら素人くさいな、と感じてしまう。

糸井重里が文章を書くには技術ではなく、伝えようとする誠実な心だ、と書いていて救われたものだ。だが私もこれから、自分なりのリズムを築く必要がある。文章うまくなろう。

女将が小山さんの情報を調べているうちに、あることに気づいた。店内に小山さんらしき人がいる。思いきってはなしかけてみたら、と促すが、なんで私から行かにゃあいけんのんなら、と反発する。

珈琲はルワンダを頼んだ。酸味が効いている。ガラス張りの入口の席で、小山さんが綴った言葉について2人で話し合った。女子高生の声量は極力気に留めないようにした。

珈琲茶碗を返す時、女将が思い切って小山さんに話しかけた。ここぞというとき、女将は度胸がある。小山さんは快く応えてくれ、数分間話し合った。別れ際、小山さんは一緒に写真を撮りましょうと言ってくれた。話すと、自分の周りの空気が軽くなるようだった。きっと、すごく優しい人なのだろう。東京で、良き出会いに恵まれた。