二つの岩山に挟まれて、ふかい谷あいがあった。その谷あいのまんなかを、水かさゆたかな渓流が、いわおをこえ、小石をこえて、重そうに流れていた。

ノルウェーの作家、Bjørnson の『Arne』という小説の書き出しには、ノルウェーのよくある山岳地帯の描写からはじまる。やすきは、日本の神奈川県横須賀市の谷戸という地形にある古民家に住んでいて、こたつの上にはこの本が置いてあった。堀之内のブックオフで110円で見つけたものだった。Bjørnsonはノルウェーの四大文豪のひとりで、1903年にノーベル文学賞を受賞した。ノルウェーの国歌も作詞している。

『Smailltown Supersound』は、1993年、ノルウェーの当時ティーンだった ヨアキム・ハーランドによって、南ノルウェーの小さな町、フレックフェフィヨルで創設された。現在は首都であるオスロを拠点としている。小さいな村から生まれたこのレーベルから、カラ=リス・カヴァデールの作品はリリースされている。カラはカナダ出身で、エストニアをルーツに持つ家系だ。

やすきが神戸に住んでいたころは、ヨアキムとおなじくティーンだった。元町にあったJet Set Recordsで、「ナウシカがサンプリングされている」というポップにひかれ、『Smailltown Supersound』のレーベルコンピを買った。当時は輸入盤がやすくて、1000円で買えた。歌詞カードもついていない、薄い紙ジャケだったことを覚えている。

あとは、イングランドで活躍する点取り屋のハーランド率いるノルウェー代表が、鳴り物入りでワールドカップ出場を決めた、というくらいしか、やすきとカラをつなげるものはなにもなかった。

カラはカナダ・オンタリオ州バーレンに生まれた。5歳から王立音楽院でピアノを学び、13歳で教会でオルガンを弾いていたという。大学で音楽を専攻し、「音の修辞学と忠実性の誤謬」という修士論文を提出して卒業した。彼女が作る音楽は、電子音/モジュラー/サンプリングを駆使し、ピアノとオルガンなど伝統的なアコースティック楽器を織り交ぜている。彼女の作品は、「境界のない音楽システムと音の言語の交錯」への興味によって支えられており、実験的で静かなものが多い。『Smalltown Supersound』自体が、そういったアーティストの拠り所にもなっている。

活動の範囲は広く、ノイズ・アーティストとのコラボ、バンクーバー国際映画祭で観客賞を受賞した『フィジシャン・ヒール・ティーセルフ』をはじめとする、複数の映画の劇伴も制作。

高度な音楽教育から得た概念を取り壊すかのように、カラは音楽と音の境界に曖昧にする。モントリオールでのフェスの出番を終えたあと、インタビューで彼女はこう語っていた。「カモフラージュこそ、いま地上の私に必要なもの。私は“人間として”存在する必要はないの。前に出るべき時もあるけど、今は“身体の消失”がテーマ。身体を祝うんじゃなくて、消えていくことが大事なの」。

自分が音楽にかかわる必要はない、Abletonでトリガーをループさせることもないし、自身をwi-fiルーターのようなものだとしている。美しいと言われるのを好まない。

やすきは今年はいろいろあって、12月のはじめに休息をとった。心身がつかれて、望んでいないストップをかけた。横須賀の谷戸を見つめながらカラの音楽を聴いていた。メロディーとも、音の塊ともつかない曲たちが静かな空と山を駆け巡っていく。とてもラクになれた。やすきは、彼女の音楽が好きだった。

ブルックリンの教会での実験的ライブ