湘南移住記 第三十八話 「家族、顔合わせ、出店」

ゴールデンウィーク初日。姫路に住んでいる弟が津山に帰ってきていた。相続の分割協議をどうするか話し合うため、実家で食事をした。実家でご飯を食べるのは、一年以上ぶりだ。

母はコロッケ、ごはんと、お味噌汁に、サラダを作ってくれた。お刺身をつけてくれた。ビールもくれた。母の味噌汁は独特の風味がする。わかめが大きいとか。この味を覚えておこう。これから女将と新しい家庭を作っていこうとしていたところで、母と父が営んでいた家族に戻った気がした。

翌日の夕方、母に女将も連れてきて、とふたたび夕食に誘われた。仕事終わりの女将を迎えにいき、そのまま実家へ向かう。ジムの仕事をしている女将は、トレーニングを終えたあとだったので、ママさんバレーみたいなトレーニングウェアで、汗だくだった。

実家では、母と弟が迎えてくれた。おとどしにリフォームした居間に通される。亡くなった父の仏壇に、線香を焚いた。女将は、父の仏壇の前で、手をついて拝んでくれた。それを見て、何か感動するもにがあった。仏壇の横には、去年結婚した弟のウェディングフォトブックが置かれている。このコロナ渦なので、弟は結婚式を挙げることができない。姫路城で撮影された写真集は、幸せそうな弟夫婦がいた。父は、喜んでいるだろうか。夕食は、居間の黒いテーブル並ばれていた。

チリトリ鍋にホルモン、鶏の南蛮漬け、サラダ、ごはん、お味噌汁、桜の薫りづけがされたたくあん。普段の私たちの食事からすると、ご馳走だ。この日の昼はハムと揚げ茄子のパスタだった。母の料理を見て、お母さん、料理が得意なのね、と女将が言う。鶏の南蛮漬けが、母の料理で一番好きかもしれない。桜餅みたいな香りがするたくあんも美味しかった。

夕食が始まった。弟にビールを注いでもらい、お礼に注ぎ返す。女将は母と何回か顔を合わせていたが、弟とは初めての対面。結婚前の、顔合わせというやつに近いのだろうか。お互いにさぐりさぐりで、会話は進んでいく。

母は基本的に自分の話をすることが多い。女将はうんうん、とうなづいていた。会話の流れが硬いので、ふとユーモアを混ぜたが、反応してくれたのは女将だけだった。ユーモアセンスに欠ける母は、なにがおもしろいの、とつぶやいていた。私と弟とはしばらく話していなかったが、相続問題を機に、また話すようになった。雨降って地固まる。

2時間ほど経って、9時には解散した。弟が姫路の手土産にかりんとう饅頭をくれた。女将を、家族として認識してもらったのだろうか。

出店

今日。美咲町大垪和の喫茶去のイベントに出店した。喫茶去を主催する楽餓鬼さんとスカット☆リンダ氏に誘ってもらった。店を閉めて4か月、ひさびさの出店。女将も休みなので、手伝ってくれた。

大垪和は標高400メートルの山間地に広がる、瀬戸内地域でも最大の棚田を有している。リンダ氏はパリで楽餓鬼さんと出会って、惹かれるものがあってこも地域に移住した。久米南町や美咲町には関東からの移住者が増えている。1番多いのは隣の吉備中央町だろうか。三宅洋平が移り住み、ヒッピーのコミュニティが出来ているらしい。

ヒッピー、と軽々しく言ったが、実際は地に足がついた人達だと店のお客さんから聞いたことがある。今日、イベントに来ている人も、ドレットの髪が多かった。吉備中央から来たのかはわからないけど、地域内でお金を回すとか、経済の話をされていた。

緊急事態宣言が出ているので、入場者を制限し、間隔をとりながらイベントは行われた。今日の出店内容はカレーのみ。ムケッカという、ブラジルのココナッツミルクを使ったシーフードシチューを、カレーにアレンジしたもの。出足は鈍かったが、午後3時には完売した。30食分は作ったつもりだったが、15食分しかなかっただけだけど。

久米南町の〈Alpini〉さんはホットドックを出していた。よく売れていた。静岡からの移住者で、ご夫婦で経営されている。店を受け入れてもらうまで大変とおっしゃっていた。私も津山で同じ苦労をした。サンドウィッチを出していたが、米や醤油を食べたいと言われ、洋食屋に切り替えたらしい。みなさんも是非行ってみてください。

カレーを2杯注文してくれた方がいた。話を聞くと吉備中央町のカレー屋〈まからも〉さんだった。気になっていたスパイスカフェ。同業者に喜んでもらったのは嬉しかった。同業者に限らず、食べて頂いた方に美味しいと言ってもらった。本当に嬉しい。この数ヶ月、自分からかけ離れていたことをしていたが、やっと自分らしいことができた。

美咲町で地域おこし協力隊をしているメラニーとも再会した。メラニーは日本住まいの方が長いフランス人女性で、藍染めをしている。女将の職場のジムに現れたらしかったので、高速の引き寄せだった。

神奈川移住のことを話すと、東京での暮らしも長かったメラニーは情報を教えてくれた。葉山の〈ブルームーン〉という海の家と、横須賀の〈のざらし荘〉という場所。こんど行ってみよう。

イベントはライブもたくさんあった。偶然、津山のラジオ局でお世話になった女性がいて、アフリカ音楽のライブをされていた。アフリカンピアノや太鼓をつかっていて、最近聴いているアンビエントミュージックのようだった。歌や楽器にリヴァーヴを深くかけて、奥行きのある音空間をつくりだす。その日夢で浮かんだメロディーを曲にされていて、即興の舞踊も入り、集中して見た。いつかPORTでみた、目黒大路さんの舞踏を思い起こさせた。生まれたての胎児が苦しみから脱していくような動き。踊る人は、身体の使い方がうまい。身体の震えで、微妙なニュアンスを伝えている。

ライブを見ながら、自分が考えすぎていることに気づいた。もっと感性的に生きていれば、目の前に素晴らしい世界が広がっている。打算や計算をなくせば、もっと早く湘南に引っ越せていたかもしれない。5月の快晴、いくつか浮かぶ白雲を眺める。

イベントが終わったあと、津山にいる間、hatis跡でテイクアウトをやろうと話しあった。やっぱり店は、たのしい。