“龍が羽ばたく瞬間、俺はルチャドールになると決めた”
バリアント皇帝が語る、運命を変えた幼年時代の幻影**

メキシコのリングにその名を轟かせるマスクマン――バリアント皇帝(Emperador Valiente)
重厚な金と深紅のマスク、戦士を思わせる堂々たる構え、そして空中殺法とは思えぬパワーを併せ持つ独自のスタイルで、彼は国境を越えファンを魅了してきた。

そんな皇帝がデビュー十周年を迎えた今年、彼は初めて自らの“原点”について語った。
それは、幼い頃に見た「龍の幻」――本人いわく、人生の進路を変えた決定的な瞬間だという。


■「あれは夢じゃなかった。そう信じてる」

――バリアント皇帝、今日は特別な話題を用意してくれたと伺いました。

バリアント皇帝:ええ。十周年を迎えて、自分の中でひとつ区切りがついたように感じたんです。ずっと胸の奥にしまっていた“あの日”のことを、そろそろ話すべきかなと。

――“あの日”というのは?

皇帝:子どもの頃、父の故郷の村で見たものです。誰にも信じてもらえないでしょうけど……俺は、空に浮かぶ龍の幻を見たんです。


■「赤い鱗、揺らめく光、そして……名前を呼ばれた気がした」

――龍の幻、とは。

皇帝:夕暮れの丘の上で一人遊んでいたときでした。風が急に止んで、空が赤と金に染まった。気がついたら、巨大な龍が雲の向こうから姿を現し、ゆっくりと体をひねりながら空を渡っていった。

鱗は夕陽を反射して火のように輝いていて……あんな色、今でもうまく言葉にできません。

――それは夢や錯覚だった可能性も?

皇帝:もちろん、そうかもしれません。でもね……
その龍が、俺の方を見たんです。**“お前は立ち上がれ”**と、そんな声が聞こえた気がした。あれが夢だろうと現実だろうと関係ない。俺にとっては、運命の宣告みたいなものだった。


■「あの幻が、俺に“強さ”の意味を教えてくれた」

――それがルチャの道につながった?

皇帝:村の祭りで初めてルチャドールを見たとき、龍の姿と重なったんです。
強さ、美しさ、そして恐れを抱かせるほどの威厳。
“ああ、これだ。俺はこの世界に行く”って直感しました。

父は笑っていたし、母は「想像力が豊かね」としか言わなかった。でも俺にとっては、龍の幻が最初のコーチだった。
**「強さは、恐れを超えて進むことだ」**と教えてくれたんです。


■「リングに上がる直前、今でもたまに感じる」

――今でも龍を思い出しますか?

皇帝:ええ。試合前にマスクを締める瞬間、胸の奥が熱くなるんです。
まるで、あの夕暮れの風が戻ってきたみたいに。
“お前はまだ飛べる、もっと高く”って、龍が背中を押してくれる気がします。

――これから、龍にどんな姿を見せたいですか?

皇帝:俺があの日の少年じゃなく、誰かの心に火をつける存在になったってところを見せたい。
もしもう一度あの龍に会えるなら言いたいですね。
「あの日の声、ちゃんと聞こえてた。ありがとう」と。


■編集後記

バリアント皇帝の言葉は、幻想と現実の境界を越えた不思議な力を帯びていた。
ルチャリブレという華やかな舞台の裏で、一人の少年が追い続けた“龍”の物語。
それは、彼の技にも、佇まいにも、そしてファンを魅了してきた圧倒的な存在感にも、確かに息づいているように思えた。