hatisにきてくださる人は理解しているだろうが、hatisでは奇縁が訪れることがある。ここでここがつながるんだ、ということが。
展示をしてくださってる赤江かふおさんが在廊した、ある雨の日。強い雨が一日中つづく予報で、集客は見込めないかな、と諦めていた。
赤江さんと話していると、しばらくして〈横須賀アートセンター〉の越中さんが来られた。
初対面である赤江さんと越中さんが話していると、「こんにちは」と玄関をくぐる声がした。藪木さんだった。雨足だというのに、わざわざ東京から来てくれたのだった。
越中さんは前回、展示をしてくださった藪木さん、赤江さんと京都を軸にご縁があった。
さらに、藪木さんと赤江さんは10年来の友人なのだそうだが、聞くと、たまたまが重なって縁ができたのだという。
アートに関わっている3人が、hatisを介して出会う。もはや、偶然ですらないのだろう。
毎日、毎回ということではないけれど、3年間、縁が折り重なる瞬間を、幾度となくここで見てきた。この出会いが、この会話が、そこにいた人にとって、人生にいい影響を与え、変わっていく。店を開いた甲斐がある。
一年目に特に多かったはずだが、そういう瞬間に出くわす機会がへった。週6にしたからといって、1日あたりの来客が増えたわけではないので、みんな各曜日に散ってしまうのだろう。
因果
もうひとつ、面白い偶然があった。
ラップのためにリリックをノートに書き始めたのだが、あまりにもひさしぶりで、どうもまとまらない。
意味が荒唐無稽になってしまって、書いた自分もよくわからない。フリースタイルを書き留めるのだが、とめどなく出てくる。心の中にずっと埋まっているものなのだろうか。よくわからない言葉の切れ端が、ノートにただただ降り積もっていく。
これではキリがない、書くのをやめて1時間後、夜に一組の来店があった。若いカップルだった。
男性のほうが、スケッチブックを持っていたので、絵を描くんですか、と聞くと、音楽をしていて、なにか思いついたら描くんです、と答えた。おもしろくて、そのままお話を聞いた。
男性は、長年、サックスを吹いていて、都会のマンションだと好きに演奏できないから、自由な環境を求めて房総半島に移住したという。
コロナがあってから、ギターと、歌詞を書くことをはじめた。ずっとやりたかったことだった。ライブで披露したり、行政の仕事で、千葉の小学生と詩を通じて交流をしているらしい。
素敵な雰囲気の方だったので、やすきは作詞の悩みを打ち明けた。詩を書くのでが、まとまらないんです。
すると、その男性はこう答えた。自分も、自分でも意味がわからないことを書いている。ただその塊と流れがあって、それを形にしている、と。
その答えを聞いたとき、やすきの中でスッとなにかが腰をおろして、安堵感が生まれた。そうだ。今まで書いていたリリックもよくわからんかったし。
赤江さんの今回の展示のテーマも、寝つきが悪いから、寝る前に何も考えず描いていたという。すべてがつながっているではないか。因果の線が、hatisで束なり、やすきを貫いた。
こういうことがあるから、hatisはおもしろい。やめらんない。