店を始めてから音楽を聴く理由が変わった。
6年前。最初のhatisをつくったとき、音楽好きの友人が、開店祝いにYAMAHAのスピーカーをプレゼントしてくれた。最初の店は実家の会社の倉庫で始めた。天井が高く、反響して、音の鳴りがとても良かった。
音量もかなり出せるので、四つ打ちや舐達磨を爆音で鳴らしながら仕込みをしていた。仕込みと言っても、喫茶店だったので、今よりも準備は少ない。当時つかっていた、カレー用の銅鍋が出てきたけど、ああ、こんな少ない量だったんだと感じた。
いままで、自分がいいと思える音楽だけ聴けば良かったが、店でかける曲を選ぶ必要が出てきた。自分だけではなく、訪れる人が心地いいと思える音楽、を選ぶ。最初は単純に、好きな曲の中からプレイリストをつくった。だが、店をやっていくうちに、hatisに合う曲の条件がいくつかあることがわかった。
ひとつめは、インストがいいということ。お客さん同士が話し合うときは、歌よりインストが適している。言葉に耳が引っ張られて、会話が途切れることがある。歌は禁止、というルールではなく、インストと歌ありの曲、7:3の比率に設定した。
ふたつめ。ドラマチックでないもの。起伏を持たせない方が、長時間の滞在に耐えうる。自分な好きな曲を入れて、雰囲気を妨げる原因がこれだった。hatis AOの空間に即していない。
いくつかの条件をつくった。hatisのプレイリストは、どんな時間帯、どんなお客さんにも合うように選曲する。人が少ないときは、お客さんの雰囲気でアルバムをかける。
カームな、落ち着いたものがいい。ヒップホップはかけづらいが、インストや、ローファイは適している。アンビエント、ソウル、ジャズ、ボサノヴァをはじめとするブラジリアンミュージック。年代は70年代から現代まで。各年代でミックスの質感がちがうが、ひとつの括りでまとめていく。
Music Resoat

ひとつのコンセプトでまとめることにした。
Music Resoat。hatisは非日常の空間。忙しい日常から離れ、ボーッとするひととき。
異世界の日常であるhatis。
サブスク時代になって、おそらく人生で1番多くの種類の音楽を聴いた。だが、その分ひとつひとつの経験が薄まってしまった。もう一度、自分の音楽観を整理するためにも。そうすれば、選曲に一貫性が持てて、hatisが成立する。
Music Resoatを表彰する一曲を紹介しよう。
神戸の思い出から
アイズレー・ブラザーズのこの曲に、懐かしい思い出が埋まっている。やすきが10代、神戸にいたころ。地元の津山よりも、神戸には中古CDやレコードが買えるところがたくさんあって、三ノ宮や元町のあたりをよく彷徨いていた。
元町商店街に〈Jet Set Records〉というレコード屋があった。比較的に大きく、今は下北沢と京都に店舗がある。当時は、神戸で唯一、新譜のレコードが買えるお店だった。
18歳のころ、あるMix CDを手に取った。Mix CDとは、もう失われたメディアで、DJが自身のミックスを作品としていた。収録されているのは自分の作品ではなく、プロモーション用として、アンオフィシャルな海賊盤の扱いで販売されていた。今もMixcloudがあったりするが、いまよりもおおらかだった時代の話だ。
いくつもの楽曲から、ひとつの世界を織りなす。神戸で活動していた土俵オリジンのDJ Wessunが、雑誌のインタビューで、「他人のレコ箱でDJをしても自分を表現できる」と語っていた。弘法筆を選ばず、とでも言うのだろうか。
選曲でひとつの世界をつくる、というすごい仕事だ。アルバムからひとつの楽曲を気軽にリリースされるようになり、プレイリストが評価されるようになったから、DJはより重要性を帯びてくるだろう。そこには、音楽に対しての知識、経験、技術が必要になってくる。
まだ10代だったやすきが手に取ったのは、JazzanovaのMix CDだった。『Sunday Morning』というタイトルだった。よくあった、薄い、簡易な紙ジャケ。白とグレーの下地に、おそらく製作者であろう、メガネの男性が描かれている。
JazzanovaはドイツのDJチームで、ソウル、ジャズ、ヒップホップ、ブラジル音楽、四つ打ちなど、ジャンルを縦横無尽に駆けるスタイル。レコードコレクターの集団だった。メンバーが複数いて、このMixはALEX BARCKによるものだった。アレックスは、メンバーの中でも最もヒップホップ寄りで、収録された楽曲も、BPM80から90台の、ジャズファンク寄りのもの。
たくさんの作品を聴いてきたが、hatisの世界観を構築しようとしたときに、ふと、『Sunday Morning』が思い浮かんだ。古今東西のレコードの情報が掲載されているdiscogs.comというページに、トラックリストが載っていたので、Apple Music でプレイリストを組んだ。Jazzanovaは有名無名問わずかけるので、ないものもあった。
改めて聴いてみると、懐かしさも浮かんだが、静と動、絶妙なバランスに、品のようなものがある。質の高い選曲だった。ジャズファンクが中心にも関わらず、現代のアンビエントのような感覚があり、hatisの静けさにマッチしていた。
このトラックリストに、続きを描く、ということで「Music Reasot」をつくっていこうと思う。
ひとつ、象徴する曲として。アイズレー・ブラザーズの「For the Love of You, Parts 1 & 2」。
最初のドラムブレイクから、曲が休日のバイブスに連れてってくれる。とてもピースフルで、美しい、愛についての曲だ。
この曲を表象として、新しい価値観をつくる。精神の休息。「Music Resoat」。