高村光太郎に関する、室生犀星による古いテキストを手に入れました。パブリックドメインですので掲載します。

高村光太郎のアトリエ

晩春のある日のこと、私は駒込の西ヶ原に住んでいた孫に会いに行った帰りに、「久しぶりに高村光太郎君を訪ねてみようではないか」という話になり、駒込にある彼のアトリエを訪ねました。実に4、5年ぶりのことでした。

アトリエの入り口には、白い茨(いばら)が青々と茂って絡みついており、どこかアトリエ全体が年月を経て古びている様子が、私にはとても好ましく感じられました。

高村君は相変わらず、趣味で集めた品々に囲まれた場所に椅子を置いて話し始めましたが、その口ひげの間には、白く染まって見えるほど白い髭が混じっているのが見て取れました。

私と高村君とは10年来、律儀に手紙をやり取りする関係を続けてきました。とはいえ、高村君がどこかへ出向いていくこともなければ、無精な私の方も3年に1度くらいしか彼を訪ねることはありません。

時折交わす手紙を通じた、ごくありふれた付き合いでしたが、それでいて時折、妙に親密な情を感じるのは、友人間ではよくあることですから、皆さんもそのように感じるものなのでしょう。

私は(同行していた)萩原(朔太郎)に、「こうして高村君を君と一緒に訪ねていると、(世俗の悩みなど)ちょっとした考え事も忘れてしまうような気がするね」と話しかけました。すると萩原も笑いながら、「いろいろな意味で、本当にそうだね」と言いました。

あれからもう3年になりますが、まだ彼とは会えていません。また会いたいと、切に思っているのです。(昭和6年)