SALUが8年ぶりにアルバムをリリースした。
SALUは、2010年代に活躍したラッパー。Bach Logicのレーベル「One Year Wars Records」からデビューした。レーベル名は、機動戦士ガンダムの一年戦争から取ったであろうが、奇しくも、新作のジークアクスも一年戦争を取り扱っている。レーベルメイトのAKLOと共に、日本のヒップホップの一時代を築いた人だ。のちにトイズファクトリーへメジャー移籍した。
SCARSのEPに客演に入り、Back Logicに見そめられてからは、トントン拍子で上がっていった印象だった。容姿も端麗で、フロウにクセがあったけど、スキルがあって、リリックもわかりやすい。
現在は、神奈川県厚木市を拠点にしているらしい。厚木は、去年末に訪れた。本厚木駅周辺の〈カフェ鈴木〉という素晴らしいお店に立ち寄った。駅周辺はスクエアに出来ていた。ここにSALUが暮らしているのかもしれないのか。夜の厚木にふと考えた。
西日本にいた頃は、遠い遠い存在で、済む場所が近くになると、勝手に親近感が湧いた。ああ、実在したんだ、というか。
くらしの中に
札幌出身のSALUは18歳にこの街に流れ着いた。当時は家もなくて、駅の地下通路で寝ていたこともあったという。SALUにとって、ここが故郷のひとつになったのだろう。仲間がいて、友達がいて、仕事があり、家族と暮らして。気がつけば横須賀で暮らしているやすきも、似たようなものだろうか。
タイで偶然にブルックリン・ヤスと出会い、Future Shockのコンピ盤に一曲参加していた。このミックステープ発表前のことだった。まだ音楽をやられてるんだなあ、クレジットに掲載されたSALUの文字に、懐かしさを感じた。
YouTubeの対談で、「今のヒップホップは人工添加物まみれになっている」と話していたが、その言に違わず、今回はオーガニックなアルバムだった。スクラッチから入る一曲目のビートから、ギターネタのあたたかい音色がつつみこむ。リリックで時代遅れと自虐するけど、いつの時代にも聴かれていいような、普遍性がある。
韻が固くなった。AKLOは韻にこだわっていたけど、SALUはフロウの人だった。人材派遣でずっと踏んでる曲もある。長めの韻を踏むようになったのは、ZORNの存在が大きいのではないか。
客演にTWIGYが入っている。「交信 2023」という曲も、TWIGYのオマージュで、宇宙的な要素が曲に組み込まれている。
アルバムの話を総合すると、厚木で人材派遣で働いて、子供を育てて、巣立たせた。解釈のひとつだけど、SALUの人生の軌跡が見えて、ああ、ヒップホップってこういうものなのだな、とあたたかい感情がめばえた。
活躍していたラッパーのその後の人生はどうなったのだろうと、自然に追うようになった。時代遅れになって、売れようが売れまいが、ラップをすることによって、自分の人生を表現する。
MUDという、KANDYTOWNに属していた、やすきが好きなラッパーがいる。解散後のソロアルバムで、作業着に着替えて、というラインがあって、ああ、武道館でライブしても、普通に仕事してるんだな、と思う。
BAD HOPのG-k.I.dもドラマに出ながら、宅建の資格をとっていた。しっかりしている。ラッパーとしてストリートにいたから、余計に社会の構造が見えているのではないか。
Soul ScreamのE.G.G.ManとSD JunkstaのKoyan Musicのスプリットアルバムも出た。これからヒップホップが本当に根付いていくために、40代以上のアーティストの充実が必要になってくる。ある一定の年代にしか出せない渋さや、トピックがある。
ILL-BOSSTINOがこう言っていた。「もし、自分と同世代のラッパーたちが、作品をリリースしていたら、それだけ人生が表現されて、面白かったのに」と。50代になったさんぴん世代のアーティストたちが、ほとんどリリースをしなくなったけれど、その後の人生を描いていけば、日本のヒップホップが、より厚みを増すんじゃないか。
ラップは基本、自分で歌詞を書く。だから、人生が表現される。ヒップホップは、人生に根づく。
いままでで、1番いいアルバムなんじゃないだろうか。SEEDAにも思うことなんだけど、売れていた時より、今が1番かっこいい。