連載小説「横須賀の青」第一回

私の名前はタケシ。21歳。兵庫県に生まれ育ち、今は神奈川県横須賀市で暮らしている。

住所は安浦町にある。ビルの3階にある20平米のワンルームだ。家賃は4万円。最寄りは京急県立大学駅で、歩いて7分で到着する。特急に乗り換えれば横浜まで30分、品川まで50分で出れる。

高校を出て、東京の会社に就職をしたが、1年ともたなかった。ガス会社の営業の仕事をしたが、上司とウマがあわなかった。彼は社長のコネで会社に入った口だが、仕事は教えてもらえない。きつく言う。自分の椅子を譲りたくないから私に嫌がらせをしているみたいだった。

それでも、自分で考えて、仕事はとってきた。だが、業績を上げれば上げるほど、上司の威圧はエスカレートしていき、ほとほとに疲れ果ててしまい、辞職した。

その後、事情を聞いた社長が謝りに来たが、会社に戻ることはなかった。

私のことを気に入ってもらっていた取引先の方に、新しい仕事を紹介してもらった。追浜にある日産の工場だった。メキシコから輸入した自動車のパーツを検品する作業だ。銀色に輝く蟹の甲羅のような部品にエアをかけて、くるくるまわす。正直、この作業に意味があるかどうかわからないのだが、一生懸命やっている。派遣社員なので、以前のような人間関係のプレッシャーもない。

仕事の都合で横須賀に移住したのだが、この街は住み心地がよかった。独特の文化かあり、自然も豊かで、人も優しい。東京のように、時間が早送りで進むこともない。入り組んだ迷路のような街並を、休みの日には歩きまわっている。

先ほど、こういう出来事があった。私は上町の商店街を歩いていた。上町は横須賀の中でもお洒落なエリアで、古着屋、コーヒースタンド、ヒップホップのレコードを壁に飾っているバーバーなどが、軒を連ねている。

ドミノピザの前を通り過ぎようとしたところだった。上下とも黒のジャージを着た小柄な女性が、せかせかと歩いていた。が、突然、足を止めて跪いた。どうしたのかと思ったら、履いていたピンクのサンダルが覆いが取れてしまっていた。下駄の鼻緒が切れたように。

「大丈夫ですか」と声をかけると、

「こんなことあるんですね、アハハ。」と女性は笑いながら答えた。

しかたなく、壊れたほうのサンダルを持って、裸足で歩き出した。サンダルにはマイメロが印刷されてあった。私は、優しさから、

「そんなこともあります。足早に歩けばバレませんよ」たアドバイスをした。

すると、女性は「そうですね」と言って、足早に横須賀中央方面へ向かっていった。右足が裸足のまま。

横須賀に住んで1年半ほどなのだが、横須賀らしい出来事だな、と感じた。

私は、中央図書館前の〈Cafe du miconos〉に向かっていた。友人と待ち合わせをしている。約束した13時より、30分はやく到着しそうだった。