啓蟄。春めいた空気が漂ってきた矢先、連日の雨で、寒さが戻ってきた。まるで、冬が息を吹き返したように。
hatisを週5のフルオープンに戻して2週間。アルバイトを入れず、落ち着いた日々を過ごしている。味噌汁を毎日作り、よく眠り、よく食べ、縁側で座禅を組み、朝に散歩をし、夜に走り、酒と珈琲を控え、深く呼吸をして、自分の軸を改めて見直す。整えることで、やっと、文章と向き合えるようになった。せわしない日々が、我を忘れさせるということを改めて認識した。
やすきの筆が進まない間も、ミカさんが寄稿し続けてくれて、Donuts.の燈は消えず、書く勇気を与えてくれた。ありがとうございます。
この文章は、自分の整理でもあるが、読んでくれている皆さんに伝えるために書く。誰かに伝えるために書く、ということは、Donuts.始まって以来の出来事。大きな変化。正午、ソフト・マシーンのアルバムを聴きながら、肚から書く。窓の外に、雹が降っているかのように見えた。
反応
Xのアカウントを一度、削除した。その後、復活させたが、Donuts.としてではなくて、hatis AOのアカウントとして活用し、フォローを全て解除した。
その決意に至った一連の流れを、追って順に。
三月に入り、hatis AOの売上は凹んだ。二月下旬の盛り上がりで、このまま行こう、と決意をしたが、目論見通りにはいかなかった。
それでも、夜にお客さんが来るようになり、お酒が出て、雨の平日に売上が立ったりと、泥濘の中にいい日も出てきて、ジェットコースターのように浮き沈み、一喜一憂を繰り返していた。
ところが、ある金曜日の営業。ついにボウズの日が出た。フルオープンで来客0というのは半年ぶりだった。振り返ってみると、低調ながらもフルオープンで0はなかなか出てこなかった。恵まれていたと言える。
店の電気ストーブを前に、静かなhatisで、このままではいけない、とやすきは深く考え込んだ。真芯と向き合う。
人との関わり方を変えなければいけない、と思いついたのが、真っ先だった。自分に、hatisに集中できていない。ある日、ハニーさんがボードゲームをhatisに持ってきてくれて、プレイしていると、「原因を内ではなく、外に求める傾向にあるね」と助言をいただいた。
外より内に

この言葉に思い当たる節があった。津山で〈hatis 360°〉を経営しているとき。店を始めたてで何もわからず、岡山や、近隣の鳥取や広島のカフェに足を運んで、何かを学びとろうとしていた。持ち前の好奇心もあって、何かを求める旅は楽しかった。
店が少しずつ形になり始めても、吸収を続けた。だがある時、自分の店にもっと向き合わなけれないけないんじゃないかと、疑問が沸き始める。外を見に行くではなく、もっとできることがあるんじゃないか。
店のことだけではなくて、今までの人生でもそうだったかもしれない。学業や仕事がうまくいかなかったとき。自分の人生をどうしたいか、自分がどう在りたいか。大切なことから、目を逸らした。傷に縋って、怠惰に過ごしてしまった。逃げた先はより苦しい時間が待っていた。いつかは、目の前の坂を登らなければいけない。
恋愛にしても、自分の気持ちを伝えられなくて、後悔したことがいくつもあった。同じ過ちを繰り返さないよう気持ちをしっかり伝えるように心がけていたが、相手の気持ちに寄り添わず、一方的にもなっていた。
お客さんが来なくて、厨房を掃除していたら、掃除しなければいけないところばかりわかってきて、催眠から目が醒めた感覚があった。目の前から目を背ける病気に罹っていたようだ。
人との関わりにしてもそうで、横須賀に来て4年、関わる人は増えたけど、その分、ストレスも増える。人の動きの情報が耳に入ってくる。hatisから動かなくても、様々な動きが把握できるようになってきた。それがかえって、集中の妨げにもなっていた。
Xは特に使っていたSNSで、自分の日常をアップしていた。しかし、振り返ってみると、集客の中心はGoogle Mapで、次いでInstagram。Xによる集客は、ほとんどなくなったと言っていい。無駄とも言えることに時間を費やしていた。
やすきは、店をやるために横須賀にいる。自分の店に関わらないことに時間と思考を割いて、どうなるのだろう。目の前の坂から、再び、逃げていたのではないか。そう考え直し、削除をすることにした。
過剰
その後、高橋さんが心配して聞いてきたけど、問題を起こしたんじゃないか、とか病んだんじゃないか、という風に捉えられて驚いた。以前もそういうことがあったけど、なぜここまでXに偏っているのか、不思議に思った。
フォロワーは関わりを見知った人もいれば、そうでない人もいる。いわば擬似的なつながり。いいねを稼いだとしても、換金できないし、暮らしの役には立たない。フォローした、外した、ブロックしたからと言って、自分のリアルは、何も変わらない。
もちろん、そこから生まれたご縁もある。先日、長年Donuts.を読んでいて、岐阜からhatisに足を運んできてくれた人もいた。とても嬉しいことだった。
だが、Xのフォロワーの中には、やすきの動向を追ってはいるが、直接会いに来たこともない人も、少なからずいる。発信をし続けることによって、出会いの機会を失している、と言い換えられる。
それにつけても、インターネット上の人間関係に、偏りすぎてはないだろうか。今回の件で深く感じた。人といるときも、スマホでSNSを立ち上げ、投稿する。いやいや待ってよ、目の前に俺がいるじゃない。なんで電子空間に逃げ込むの、と思う。
最近読んだ本に、SNSを多用することによって、共感能力が減っているのではないか、という一節があった。自分を含め、思い当たる節がたくさんある。SNSによって小競り合いが起こり、分断が起き、いいことにはなってない。世の中全体がそうなっている。
もちろん、いいこともある。このアカウントのよって、横須賀にやすきの存在を知ってもらえたし、エデンとも繋がって、様々なことが起きた。しかし。
やすきは、横須賀で店をやっている。みんなに会いたいし、話したい。出会いたい。そういう想いから、ここにいる。SNSの発信ではなくて、擬似的な情報ではなくて、生きている自分と対峙してもらえないでしょうか。別にスパイスカレーを食べなくてもいいし、お茶だけでもいいから、hatisに足を運んで欲しい。思わぬ出会いもあるし、hatisは何かが起こる。やすきがhatisに一番いるので、ご縁を目撃し続けている。
hatisを続けていくには、守っていくには、みんなの力が必要になる。力を貸してほしい。その代わり、ここがみんなに素晴らしい時間をすごせるように、努力する。
せっかく出会ったのだから、いい関係を築きたい。お互いの人生をよりよくしていきたい。そのためには、どうすればいいか。人の動きに気を取られず、心の奥底、本音と愛情の交換を、やすきは取りたい。だから、店に来てください。