湘南移住記 第258話 『故郷への旅⑦ 牛窓』

牛窓港にある、ファミリーマートに車は停まった。長時間の運転で、二人は疲れている。何かしらの飲み物を購入した。

朝9時。快晴だった。海の水面に光の粒が輝き、夏を告げている。思えば、〈hatis AO〉をオープンして二年、旅行らしい旅行もしてなかった。

牛窓は、何度も訪れた、過去の記憶でもある。懐かしさがある。hiklyくんとわかなちゃんにとっては、初めての場所だ。

牛窓は、歴史のある街である。寛永から岡山藩が江戸幕府の役人を接待する場所をして整備し、商業の自由が保証された。瀬戸内海を行き来する外国の船を監視する異国遠見番所が設置される。明治以降は岡山県下の主要港として発展したが、鉄道の開通によって寂れていく。経緯は違うものの、神奈川で言うと、三浦が近いような気がした。かつて繁栄した、港町。日本の各地に、そのような場所があるのだろうか。

ファミリーマートから、海水浴場へ。途中の牛窓港に、廃校を利用した施設があったはずだ。その二階に、素敵な食器屋さんがあった。移住の方がされていて、話を伺ったことがある。移住してきたものの、なかなか地元の輪に入れず、結局、移住者で固まっていると。移住者は、商売を始めることも多いが、地に入っていかないと、難しいこともある。移住者側も、変えなければいけないこともあるだろう。

海水浴場の途中にしおまち唐琴通りがある。魅力的な通りだ。車で向かったが、ここは歩くと、古い家が並んでいて、舟に関するお店を見つけることもできる。ここも、神奈川でいう三崎に似ている。

ここを通らず、山道の方へ向かった。駐車場を見つけるためだった。牛窓神社に見つけた。一人の若い男性が立っていて、案内してくれたが、料金が高かった。一度スルーして、海岸へ改めて向かった。すぐに着いた。

料金は高かったが、海水浴場に車を停めた。3人とも降りて、海を見渡した。瀬戸内のエーゲ海の比喩もあるように、牛窓海水浴場は、開放的な雰囲気だった。晴れ渡る空がどこまでも続いている。神奈川で見る相模湾と違うのは、内海なので島があること。面積は狭いはずなのに、かえって壮大な景色に見えた。

「だめだ、我慢できない」と、hiclyくんは衣服を脱ぎ捨て、海に飛び込んだ。水着の準備はなかったので、ズボンだけだった。普段はそういうことはしない。やすきも、こういうことは見ているだけだったのだが、たまらず海に飛び込んだ。結局、三人とも海に入った。爽快だった。

やすきは、海に体を預けて、海面に浮かんだ。雲ひとつない空をただ眺める。耳も海に浸かって、何も聞こえない。まるで無重力の空間にいるようだった。死ぬ時もこのような心地なのかと、ふと思った。この三年はずっと体に負荷をかけていて、毎日、体の倦怠感と闘っていた。肉体の苦しみから解放されると楽なのだろうか。南仏の煌めきに似た白い太陽が、頭上で光を放ち続けている。輝きに覆われ、頭も真っ白になり、空白の時だけがそこにあった。

〈 Uni House〉で出会ったワシントンから来た精神科医に教えてもらった、牛窓のシークレットビーチに向かおうとしたが、行けなかったので、牛窓神社に行った。

長い階段を上がると、瀬戸内海が一望できる展望台がある。トイレに行っていたhiclyくんと合流して、牛窓神社の鳥居へ。木陰に、蝉が鳴いている。けたたましくも静かだった。

神社の階段を降りて、わかなちゃんが、近くにあった食堂に入ってみたいと言ったので、昼食をとることにした。おばあちゃんが、「はいって行かられえ、シャワーもあるけん」と入店を促す。食事のついでに、シャワーを借りた。シャワースペースはひとつしかないので、3人で交代で入った。