湘南移住記 第235話『牛窓』

夜が開けた。

走行中も起きつづけ、2人とのコミュニケーションに心を砕いていたのだが、気がついたら、やすきは後部座席で寝てしまっていた。

意識を取り戻すと、窓の外はすっかり朝。瑞々しい水色の空と、溢れるような山々の光景が広がっている。清夏、影を忘れたような晴れだ。

喧嘩

車は、京都から山陽自動車道を通り、倉敷へ向かっていた。やすきはそこで、中国自動車道を通って先に津山に行く行程なのだと勘違いしていた。朝に津山に着く、と実家の母に連絡していたので、訂正のLINEを送った。

山陽自動車道に乗り、かつて住んでいた大阪府池田市のインターを通り過ぎる。北摂と言われる、大阪の北のエリアだ。そこから、兵庫県三田市、三木市を抜けていき、兵庫と岡山の県境へ辿り着いた。

朝の光が、車内に入り込んでいく。壮大な緑が相まって、爽快だった。やすきには見慣れた、西日本の風景。

清々しい気分に浸っていると、ある事件が勃発した。hiclyくんとわかなちゃんが、また喧嘩を始めたのだ。

原因は、高速道路の傍にある墓場だった。霊魂が存在する前提の話なのだがこの墓に入ると、目の前が高速道路だから落ち着かないのではないか、いや、車が好きな人ならこの立地がいい、という論争が車内で繰り広げられていた。

頭が疲れていたので、2人がどちらの意見を主張したのかわからない。しかし、徐々に論議に白熱の灯火が広がっていく。ついに、じゃあ、パン好きの人がパン屋の横に墓つくるのが1番いいじゃん。毎日パンが焼けるにおいが嗅げるし。というカードをどちらかが切った。

hiclyくんもわかなちゃんがなぜ喧嘩を繰り返すがというと、どちらも一歩も譲らないからだ。2人ともリーダーの気質を備えているからだろうが、旅の道中も、衝突が絶えない。

先ほどのパン屋の意見も、いや、街中のパン屋では墓地を建てる土地がないだろうとhiclyくんが反論のカウンターを放つ。

そもそも、正解を検証できそうもない議題でもある。結局、議論に決着はつかず、10分後には2人で仲良く歌を歌っていた。

予定変更

車窓から、瀬戸内海の風景

ついに岡山県に入った。高速道路に標識が見えた。朝の7時を迎えていた。一晩中走り続けたこともあり、3人ともテンションが上がり始め、全員が奇声を発するようになってきた。

せっかく岡山に来たのだし、このまま倉敷に向かう前に、やすきは牛窓に寄ってはどうかと提案した。

牛窓は、瀬戸内市の地区で、唐子の瀬戸と呼ばれる港町だ。瀬戸内海の光景が美しく、現代では日本のエーゲ海とも表現される。

津山で〈hatis 360°〉を開いていたとき、やすきはよく牛窓にいっていた。津山でハーブを育てている〈香草工房〉の内藤さんに、よく連れて行ってもらっていた。当時、〈Uni house〉という、東京からの移住者がつくったゲストハウスを紹介してもらったり、〈ポマイカイ農園〉に有機農法のワークショップにも行ったし、その後、元女将と前島にも出かけた。思い出の多い土地。

倉敷までの計画を妨げるのではないかと気が引けたものの、2人は提案を快諾してくれて、車は一路、牛窓に向かうことに。

朝を迎えて、3人ともお腹が減っていた。岡山のスペシャリティコーヒーの第一人者である、〈キノシタショウテン〉がモーニングをやっていたので、指標を合わせる。

道中で、一本松展望台という場所に寄った。やすきもはじめて行く場所だった。どこで何を見ればいいかわからないので、やすきはゴミ清掃のおっちゃんに話を聞いた。

おっちゃんは、関西弁で話していた。瀬戸内市は岡山県と兵庫県の境でもある。おっちゃんは、兵庫から働きにきているのだろうか。また、岡山弁と関西弁のグラデーションも気になる。

望遠鏡から、瀬戸内海がのぞめる。100円を入れて稼働するはずが、お金を入れても動かなかった
直売所、レストランもある
美しい田園が、黒いソーラーパネルに覆われていた。やすきの目には恐ろしい光景に映った
ゴーカートなど、遊べる施設もあって、わかなちゃんが反応していた。今回の旅でわかったのは、わかなちゃんがとてつもなく明るい人間だということだ