ライブレポ THE BACK HORNワンマンライブ「第五回夕焼け目撃者」@日比谷野外音楽堂

去る2024年7月28日、THE BACK HORN(以降バックホーンと書く)が開催した「『KYO-MEIワンマンライブ』~第五回夕焼け目撃者~」を観に〈日比谷公園大音楽堂〉(日比谷野音)へ行ってまいりました。

以前「人生に影響を与えた曲10選 byミカ」に書いた通り、私は中学生の頃にバックホーンに出会って以来20年以上彼らの音楽、生き様、世界への姿勢、泥臭さetc…が言葉に尽くせないほど好きで好きで仕方ありません。バックホーンに限らず音楽は大好きですし、一番多いときで週3でライブハウス通いをしていた時期もあるくらいかつては生活の中に音楽があるのが当たり前でした。それが近年はコロナ禍と自身の妊娠出産も重なり音楽そのものから遠ざかっていました。

なので今年3月に〈パシフィコ横浜〉で行われたバックホーンデビュー25周年記念ライブは、実は私にとって5年ぶりのライブ鑑賞でした。

その時のライブの感想はこちら。

そこから奇跡のような嬉しい偶然が続く。まず、長年お世話になっているジュエリーデザイナーのPioさんもバックホーンファンだということが判明。普段ジュエリーの相談や「この石すっごく綺麗ですね!」とか仕事の話ばかりで、音楽の趣味のお話はしたことがなかったのでお互いとても驚いた。


そこからあれよあれよと「野音、行きます?」「行っちゃお!」でトントン拍子で決まったのでありました。5年間も離れていたのに、溝が埋まるときは一瞬なのかもしれない。

ライブ時の服装において重視していることは3点。①動きやすさ②温度調節できる③汚れても良いこと。今回は野外ライブで猛暑が予想されたので暑いとき極限まで薄着になれるようボディスーツを着用。そのままだと露出度が高めなので上からタイシルクのチャイナブラウスを羽織った。ボトムはいつも仕事用に穿いてるもの。映ってないがこれにキャップとウエストポーチで馳せ参じた。
Tops:Made in Thailand、Bodysuits:Mame Kurogouchi×UNIQLOコラボ、Bottoms:Beautiful People×GUコラボ(セールでワンコインだった)

さあ行こう今混沌の海へ

開場の時間の少し前にPioさんと落ち合い、野音へ向かった。道中「一曲目に何が来るか」を予想しながら向かうのが既に楽しい。普段は一人でライブを見に行くことが圧倒的に多かったので、ファン同士で一緒にライブを観る醍醐味の一つがこういうことなんだなと考えていた。


ちなみに〈日比谷野外音楽堂〉は老朽化による再整備が決定しているため、改修前の状態でバックホーンがワンマンライブをするのは恐らく今回が最後。私はというと20年前くらいにキンモクセイのワンマンライブで来て以来、今回が二度目の野音。二回しか来てないが、それでも何だか感傷的になった。

今回のワンマンライブ「第五回夕焼け目撃者」へのお祝いのお花たち。
左からSPACE SHOWER TV, VIRGOwearwoks, 箭内道彦さん, Nothing’s Carved In Stoneより
開演前ステージ。今回の背景フラッグはBa.岡峰さんとGt.菅波さんの共作。左の髑髏が厄災で、右はそれと闘う武者。そして右下の猫は武者を応援しているイメージだそう。大枠を菅波さん、武者の刺青や猫の着物の模様といった細部を岡峰さんが描いたとか。

乱反射するキラメキの中へ

我々の予想は見事に外れ、1曲目は「甦る陽」から始まった。ゆったりとしたレゲエ調のリズムに思わず身体が揺れる。夏の日曜を歌っている曲なので後から考えれば納得だけれど、インディーズの頃のかなり前の曲をまさかここに持ってくるとは…完全に予想外で、嬉しい裏切りに笑みが溢れた。このくらいから空が穏やかな青を呈していて、一番心配していた雨や猛暑は避けられそうだと確信を得た。そして公園内の豊かな緑に囲まれているからか、心地良い風が吹いていた。

2曲目は「光の結晶」。Pioさんとの『一曲目に何が来るか』予想で私がリストに挙げてたので、イントロ中顔を見合わせ小声で「惜しかったねー!」と言い合った。こういうのを共感し合えるのが誰かと行く楽しみなんだと再確認する。光の結晶は疾走感のある夏の歌なので、バックホーン的な夏の曲で今回は来るんだなとワクワクが止まらなくなる。

メロディーに合わせてハンドクラップしたり、拳を突き上げたりせずにいられないほど血が騒いだ。そして3曲目は「希望を鳴らせ」。後述しますが、私は今年の始めこの歌に何度も救われたし、私に覚悟を決めさせてくれた歌でもあるので、今回も聴けると思わず感極まった。サビで客席にマイクを向けられたときはバックホーンの想いに応えたいのと感謝を伝えたくて「希望を鳴らせ」と大合唱をした。

ちなみにこの「夕焼け目撃者」というタイトルを冠したワンマンライブは20年前に第一回が行われている。特に前回と前々回は荒天に見舞われ、逆に伝説のライブになったらしいが肝心の夕焼けを目撃することは未だ一度も成功していなかった。でも今回MCでDr.松田さんが「やっぱり野音は晴れがいいですね。3度目の正直ということで、神様も晴れにしてくれたんじゃないかと」と言った通り、梢の隙間から少しずつ緋色が見え隠れするようになってきた。

「8月の秘密」「深海魚」と新旧2曲が続いたあと、私にとって大切な曲「生命線」のイントロが流れ始めた。悲鳴にも似た声を上げずにはいられなかった。なぜなら「第一回夕焼け目撃者@日比谷野音」のライブ告知CMに「生命線」が使われていたから私はバックホーンを知ったし好きになったから。始まりの場所で始まりの曲が聴けるなんてまさか考えてなかったので、膝から崩れ落ちそうになった。中学校に行けずにスペシャを一人ずっと見ていた頃の自分の姿が脳裏に過ぎり、『あなたの夢が20年後の野音で叶うよ』と教えてあげたいと思った。一音一音全てを拾い上げるつもりでステージを見つめた。生きているといいことがあるんだ。

生命線PV

想像さえ 超えるような色に染まれ

コール&レスポンスが楽しい「コワレモノ」、この日初解禁の新曲「ジャンクワーカー」、「がんじがらめ」、25年経ってもこんなヤバい曲書けるんだ…!とファンをざわつかせた「修羅場」に「墓石フィーバー」と畳み掛けるような曲が続く。バックホーンのいいところはコール&レスポンスの練習をする際に『まだまだ行けるだろ?』や『その程度かよ!』ではなく、『もう既にいい!』『まる!』とGt.の菅波さんが誉めそやしてくれるところ。やっぱり褒められたら誰だって嬉しいでしょう。お客さん達みんなニコニコしてたし本当に治安良いライブです。曲は激しいのが多いけれど。笑

そしてその後2つ目の奇跡が起こる。何とバックホーンを好きになったキッカケその2「夢の花」が演奏された。またしても「あー!!!」と叫んでしまい、そのあと隣にいるPioさんに『どうしよう』と言った気がする。夢の花は大好きな曲には違いないのだけれど、何度もライブに行ってるにも関わらず私が行くライブでは演奏されず、20年間一度も生で聴けてないから『もう聴けないのかもしれないな』と思っていた。その曲が本当に舞台で演奏されていて『これは夢なんじゃないかな、本当に現実なんだろうか。私死ぬのか?いや死なないにしてもこれは最期の日の走馬灯で見そう』とか色んな思考が脳内を駆け巡った。


人は本当に感極まると立ち尽くしてしまうのだと、この日初めて知った。泣かなかったけれど泣きそうにはなった。胸がいっぱいで。そしてこの頃には完全に夕焼けを目撃することができた。バックホーンにとっても20年かかった悲願が達成された瞬間だっただろうし、その場を共有できたことが一ファンとして嬉しかった。とても綺麗な空だった。

夢の花PV

その後も意外な選曲が続いた。今回のセットリストはかなり新旧織り交ぜた、本当に「この日」のためだけに作られたものだというのがよくわかるものが多かった。例えば「真夜中のライオン」はシングルのカップリング曲だし、「夏草の揺れる丘」は2nd Album「心臓オーケストラ」に収録されたアルバム曲。バックホーンはほぼ毎年末にマニアックな曲だけを演奏する自主企画「マニアックヘブン」を開催するのだけれど、それの夏版が今回のセットリストみたいに感じた。

本編最後は「太陽の花」と「JOY」で締めくくられ、その後はアンコールに「ヘッドフォンチルドレン」、そして定番「コバルトブルー」「刃」で終演を迎えた。

彼らの歌は必ずしもいつも前向きじゃない、でもそれでも辛いとき「生きるしかねえだろ」言いながらも手を差し伸べてくれる強さとやさしさ。それに何度も何度も私は救われてきた。だからきっとこの先も差し伸べられた手を掴んだ者として、私は歯を食いしばって”生きることを捕まえるんだ”。例え無様で泥臭くても、そうやって生きていくと決めている。

終演後のステージ。

セットリスト

01. 甦る陽
02. 光の結晶
03. 希望を鳴らせ
04. 8月の秘密
05. 深海魚
06. 生命線
07. コワレモノ
08. ジャンクワーカー
09. がんじがらめ
10. 修羅場
11. 墓石フィーバー
12. 夢の花
13. 夢路
14. 夏草の揺れる丘
15. ブラックホールバースデイ
16. 真夜中のライオン
17. シンフォニア
18. 太陽の花
19. JOY
<アンコール>
20. ヘッドフォンチルドレン
21. コバルトブルー
22. 刃

自由のその羽根をもがれても

ここでもう少し、どうして5年も行かなかったライブ通いをそもそも再開したのかを書き残そうと思います。


※この先、令和6年能登半島地震についての記載があります。人によってはショックを受けるかもしれませんので、予めご自身の心身とご相談の上読む/読まないを決めてください。長いです。

令和6年1月1日、元日の夕方。


私たち夫婦と我が子は、私の実家にて毎年恒例のすき焼きを食べようかという時のこと。テレビに信じられない映像が映り始めた。それは私が5年間漆を学ぶために住んでいた能登(輪島)に震度7の大地震が起こった直後の街の様子だった。始めは珠洲に津波が来るかもしれないという内容から、次第に通学の際に自転車で数えきれないほど通った輪島の街が火の海に飲まれていく様子だった。上空からの映像でも大体誰の家がある場所が燃えているのか手に取るように分かってしまって、途中から見ることが出来なかった。ただただ現地に住む友達や先輩や先生、お世話になった方々が無事であることを祈った。その時、もう残された手段がそれしか私には無かった。その後もテレビは暗闇の中を照らしながら何もかもを焼き尽くす炎だけが映し続けた。何がどうなっているのか分からない。

翌1月2日。
テレビに映し出されたのは完全に焼け野原になってしまった朝市通りの映像だった。ライフラインは全て止まっていた。真冬の輪島の寒さは厳しい。そして倒壊した家屋の中にもまだきっと助けを求める人たちがいるだろうことも想像がついた。涙が止まらず、何の気力も起きず、本来なら夫のご実家にてお正月のお祝いをする予定だったが、とてもそんな気持ちになれなかった。

それからの日々は1日に2度更新される石川県の行方不明者リストにどうか見知った名前が出ないように、これ以上行方不明者の人の名前が増えないようにと毎日祈る気持ちでリストを眺め続けた。
1月中旬、私の直属の先輩に当たる方のお名前がリストに加わった。信じたくなかった。このとき治療中の病と実父からの心ない言葉が追い打ちをかけてきて遂に心の限界を迎えた。生きて温かい家と食事があるだけでも贅沢なのに、それを食べることが出来ない。元々食事を摂ることに対して苦手意識があるので、食べても身体が受け付けず吐くし嗚咽が止まらない。

でも、せめて私にできることは何かを問うたときに浮かんだのは、「だからこそ輪島で学んだ漆の技術を絶やさず燃やし続けること」「その技術で得たお金の一部を能登に還元すること」だった。それが精一杯の誠意だと信じて。

そして2月中旬、先輩があの日の火災で亡くなったことがリストに書き加えられた。
確か14時更新時の情報に掲載されて、何もかもが手に付かなくなり仕事中の夫に泣きながら電話して「先輩が亡くなって、どうしよう、悲しくて、動けない、保育園のお迎え行けない、何も見たくない。一人にして」と伝えたのを覚えてる。研修所で拝見していた先輩の作品はモチーフへの愛とユーモアが溢れていて、先輩の優しいお人柄が滲み出ているようだった。まだまだこれから活躍されるはずだったのに。こんな不条理がある?いや私は許せない。でもこの悲しみや怒りや悔しさはどこにぶつければ良いの?と一人で泣き続けた。

泣き続けて数日が経った。多分2月の終わり頃だった気がする。
泣いたって何も状況は変わらないから、ガス欠でも少しでも前へ行こうと泣きながら踏ん張っていた頃、急にふと「そうだ、バックホーン聴こう」と思った。
そして臨月の頃聴いていた「希望を鳴らせ」を聴いた。何もかもを出来るだけ遮断したかったから自ら音楽を聴こうという気持ちになったのはとても久しぶりだった。

聴いたとき『あぁ、これは今の私の状況を歌ってる』と心からそう思った。

輪島には行こうと思えばいつだって行ける、会いたい人も会おうと思えば会えるはず。でも本当は大事ならそのときにアクションを起こさなければ行けなかったんだ。当たり前だった日常は悔しいほど呆気なく自然の脅威によって破壊され、大切な命がいくつも奪われた。私はなんて馬鹿だったのかと、後悔した。それも取り返しのつかない後悔を。

でも歌の中で彼らはこう歌ってる。

”二度と戻らぬ場所も人も 零れ落ちた涙も 交わした言葉も 笑顔も
忘れはしないさ”

”俺はまだ生きてる 終わらない希望を鳴らせ”

聴いたとき、やっと本当の意味で「だからこそ輪島で学んだ漆の技術を絶やさず燃やし続けること」
「その技術で得たお金の一部を能登に還元すること」に対する覚悟が決まった。私の成すべきことが定まった瞬間だった。


それに気付かせてくれて、目を覚まさせてくれてありがとうと心から感謝した。なので生まれて初めて直筆のファンレターを書いて3月の25周年ライブの前に送った。バックホーンに出会ったキッカケと、この度の震災で砕けた心を救ったのはあなた達の歌でした。今まであなた達の歌に何度も救われてきたけれど、今回は遂に覚悟を決めることが出来た報告を綴った。

この先は偶然の一致かつ私の妄想だと思うのですが、今回の〈日比谷野音〉でのライブのセットリスト、そのファンレターに書いた曲が全部入ってたんです。特に「夢の花」はバックホーンを知ったキッカケの曲だけどライブではまだ一度も聴いたことがないこととか書いた気がする。翌日Pioさんとライブの感想を送り合ってる中ではたと「まさか、違うよね?そんなことないよね?と思うけど、でももしそうだったら…」と。だったら私はやっぱり覚悟を決めたこの道で生きていくことが何よりの恩返しになると思うので気を引き締めて精進しよう。

というわけで来年年明け早々マニアックヘブンの日程が公開されたので、今度はそちらに行くべくチケット争奪戦に参戦することになりました。行けたらいいな。

※2 今回の見出しは全てバックホーンの歌詞の一部を引用しております