神戸への旅 ② 『Pi;z』

朝7時。長い長い夜行バスの道のりを終え、神戸に着いた。三宮の三菱UFJ銀行前。

三宮は、神戸随一の繁華街。東京で言うと渋谷に当たる場所だろうか。とはいえ、朝なので街は起きていない。車も人もまばら。動いていなくても、神戸は東京のようにせかせかしていない。この街はマイペースだ。山も海も近くて、穏やかに時が過ぎる。やすきがとても好きな特徴だった。横須賀もその特徴を持っている。

思ったより、寒かった。この日のためにセカンドストリートで700円で買った半袖のシャツを着てきたが、歩いている人たちはみな長袖だった。三浦半島と神戸では、気温がこんなにも違うのか。

あてもなく歩き始めた。朝食を摂りたくて、朝から開いている店を調べたが、すべて忘れた。とにかく歩き出した。記憶を探るように。どこになにがあったか。

北野

4〜5年ぶりの神戸だが、長らく住んでいただけあって、懐かしさも、特別さも感じない。やすきが10代後半から20代後半まで、ずっと暮らしていた街だった。

ひさしぶりに神戸に来たという実感も薄い。現実と過去が入り混じって、浮遊しているようだった。さりとて、不安感はなかった。

センター街に入る。三宮のセンター街は大きな商店街で、いつも人通りが多い。元町の広告代理店に勤めていた頃は、毎日のようにここを通っていた。メインの通りと、もう一つサブの通りがあり、さんちかと呼ばれる地下の食堂街とつながっている。広さが故に、小さな迷宮のようになっているが、どこがどうつながっているか、大体わかる。夜になると店は閉まっているが、ダンサー達が閉店した店の鏡の前で、よく練習をしているのを見かけていた。

センター街を通り過ぎ、北野の方へ向かった。東門街に入る。やすきが15年前、伊川谷から王子公園駅に引っ越す時にお世話になった不動産屋さんの前を通った。東門街は、阪神淡路震災前は足の踏み場もないほど人気の歓楽街だったという。朝だったが、スナックから本意気でDA PUMPを歌う女性の声が漏れていた。こちらも、さすがに横須賀でも見かけない光景だった。

東門街を抜け、北野坂へ。やすきが好きなエリアで、特に何も用もないが散歩でよく来ていた場所だった。北野にある色が渋いローソンに立ち寄って、甘いパンをひとつ買った。朝からピッとした背広を着た、壮年の男性とすれ違いになった。その男性を見て、神戸らしいなと思った。朝からそういう緊張感をもって行動している人は横須賀にはいない。それと、コンビニに入ると、なぜか神戸のにおいがする、とも感じた。

事前に調べて、朝食を摂れるカフェは逆の元町方面らしく、しかもInstagramを見ると今日は休みだった。そちらは行くことを諦めた。

青春の場所

やすきは坂を下って、二宮方面に歩き出した。ああ、こういう場所だったのだなあ、と答え合わせをするかのように、ビル街をすくすく突き進んでいった。

加納町に寄って、Club Pi;zの跡地を見に行った、Pi;zはやすきが青春時代を過ごしたクラブだった。今はもうなくなって、別の名前のライブハウスになっている。

黒い階段を下ると、そこがキャッシャーになっていて、よくタツヤさんというスタッフが立っていた。もう一段降りると入り口で、そこでよくたむろしていた。みんなと、神戸の友達たちと、ここでいくつもの会話を重ねた。大好きな場所だった。

Instagramで同い年の、のーきーというDJのストーリーで、かつてPi;zだった場所をライブが行われているのを見た。胸が熱くなった。かつてPi;zであった場所の入り口まで行くと、ポスターやフライヤーがいくつも貼られている。クラブ系イベントのフライヤーだったのだが、知らないバンドのサイン入りのポスターが貼られていた。ああ、あの場所はもうなくなったのだ、という何回目かの実感が湧いてくる。

その中に、一つだけヒップホップに関わるフライヤーがあった。THA BLUE HERBのイベントのものだった。ブルーハーブは札幌を拠点するヒップホップグループ。ブルーハーブが来ると言うことは、その街にとっての大一番ということになる。

ブルーハーブが神戸に来たということは、これもまた同い年のmiya-z君の Xのポストに載っていたことを思い出した。まさかPi;zの跡だとは思わなかった。

同い年の連中は音楽がほとんどやってないだろうが、まだまだしぶとくやり続ける連中もいる。それだけで、心に灯火が灯るような、熱さと暖かさを思い出してくれた。2024年。Pi;zが閉店して15年は経つだろうが、いまだに火は消えていなかった。

やすきは人生の要所要所で、場所に巡り合って、助けられてきた。自分が店をしたいのも、そういった場所への恩返しだというこを、にわかに思い出していた。数分間、やすきはそこに立ち尽くしていた。