瀬谷の〈中華三十一番〉

その日は、重くのしかかるような大気が、街中を包んでいた。空には、冬という季節を思い出したかのように、寒風が吹き荒んでいる。体の芯まで凍えそうだ。

まだ春は来ないだろうか。そんな気にさせる冬の曇天。それだというのに葉桜まで咲いてしまって、異常気象を描いている。

「国道16号線は、横須賀からはじまって千葉までぐるっとまわるんだよ」と、引越し屋のおっちゃんは教えてくれた。横浜からの2トントラックは、高速道路を経て大和市の方面へ向かっている。行き先は瀬谷区。はじめて行く土地だった。

瀬谷区は古来より交通の要所として知られている。江戸時代には中原街道沿いに問屋街が設けられ、継立場で荷物の受け渡しが行われた。

ここも横浜のなのか、と思うほど、畑や用地、林が広がっている。現代の瀬戸は、横浜西域の自然豊かな住宅街になっていた。車窓から、流れる郊外の風景を眺める。

おっちゃんは県道と国道の標識の違いを教えてくれた。県道は六角形で、国道は逆間角形のようなかたち。

モール

その日は仕事が早く終わって、昼の2時には解散になった。瀬谷駅まで送ってもらった。あまり来ない土地だし、せっかくなので、ここで昼食をとることにした。

「栄えてるのかどうかよくわかりませんね」。

同行していた同じタイミーのスタッフの人がそう話した。チェーン店と、スーパーやドラッグストア、存在感ばかりが大きい駅があって、土地の特徴がよくつかめない駅周辺だった。

そのスタッフの人と別れて、店をさがした。チェーン店ではなく、土地に根付いた店に腰を下ろして、食事をしたい。やすきも個人店をして支えてもらっているのだから、お金はなるたけ個人店に落とす。そういったお金のサイクルを心がけている。

駅まわりをあるいてみると、薄暗い通りがあった。右は鍵屋さんで、なぜかガシャポンが8体揃えてある。妙なざわめきに体が反応して、そちらに足が向かった。通りは短く、出口に八百屋さんがあった。左右に種々の野菜が置いてある。灰色のニット帽をおじいさんが椅子に座って感情をしていた。じゃがいもを包んだナイロン袋が、冬の光を反射していた。出ると、立派な看板が飾ってあって、「SEYA MALL」もアルファベットで表記されている。

セヤモールを出ると、〈中華三十一番〉という町中華の店があった。

お腹もへっていたし、ここに入ることにした。町中華は好きだ。神奈川に移り住んでから好きになった。

店の前にはガラスケースに蝋でつくられたサンプルが飾られている。ラーメン、チャーハン、麻婆豆腐、餃子のレプリカ。レプリカの傍に、エナジードリンクのモンスターの、キャップがついている見たことのないタイプが添えられている。最高だ。

しかも、〈中華三十一番〉の店看板の横には「大黒正宗」の文字があった。「大黒正宗」は、やすきがかつて住んだ神戸の灘の酒だった。なにか引き寄せられるものがあった。ガラスの扉を開く。

店内に入ると、オレンジの椅子が並んだテーブルが三席。店主さんがいらっしゃい、と出迎えてくれた。1番手前のテーブルに座った。

机上には、冊子ではなくプラスチックに一枚紙が入ったメニューがある。一品と、定食、お酒など。餃子定食にしようとしたが、品切れとのことだった。

直感で、海老入り中華丼を頼んだ。

待ち時間の間、お手洗いを借りようと店主さんに訪ねると、店内にはないようで、外に出てくださいと案内される。

店の裏に行くと、布団が積み上げられた奥にトイレがあった。その感じもまた最高だった。

中華丼の思い出

小学生高学年のころ。亡くなった父が日曜日の昼は外食に連れていってくれていた。今思うと贅沢なことだ。

岡山県津山市の実家の川向こうに、イズミと呼ばれていた百貨店のよつな白い建物があった。いまではもうなくなってしまった。

3階の奥に中華屋さんがあって、よく連れていってもらっていた。

そこである時、やすき少年は父の真似をして中華丼を頼んだ。豚肉、筍、キクラゲ、白菜の炒めたものにあんがご飯が絡んで、とても美味しくかった。毎回たのむようになっていた。

それ以来、30年ぶりに中華丼をオーダーしたような気がする。いまでは、自分が稼いだお金でご飯をたべるようになった。

海老入り中華丼 950円

〈中華三十一番〉さんの中華丼は、キャベツ、豚肉、にんじんで構成されている。もちろん、海老も。じんわりキャベツの火入れがちょうどよく、あんと豚肉がからみあって、リズムよくご飯が進む。中華料理は、野菜にあまり火を通しすぎず、食感でリズムをつくっている。

やすき少年が食べていたイズミの中華丼とは異なるものだった。中華丼にも個性がある。具材、油分、味付けに至るまで。こんなにも自由があるとは。

中華丼を平らげて、やすきは店を出た。次はどんな中華丼が現れるのだろう。

みなさんも中華丼レポートをしてみてください。

〈中華三十一番〉

住所:神奈川県横浜市瀬谷区瀬谷4丁目7−5

営業日:月〜土

営業時間:11:30〜22:00