11月19日、エデン横浜。みうらのハッピーバー厳粛に執り行われた。やすきは下北沢から駆けつけ、バースデーケーキの消灯に間に合うことができた。
出会って半年。
ここでも、敬愛を込めてゆうきくんと記述させてもらおう。
変化の怪物

ゆうき君と出会ったは5月だったろうか。2回目のエデン横浜におけるスパイスカレー講座だった。3人しか集まらなかったその講座の参加者は、キタタクさん、マサさん、そしてゆうきくん。
最初はあまり打ち解けなかった。だけれど、ゆうき君はマサさんと同じように、次の週、横須賀のやすきの店を訪れてくれた。
hatis AOで、やっといろいろ話せた。福岡からきたこと。仕事のこと。それまでのストーリー。
そこからほとんど毎週、横須賀にきてくれるようになった。やすきだけではなく、hatisを訪れるさまざまな人と話すようになった。
ゆうきくんは、hatisに来るたびに、みるみる変わっていく。海に浮かぶ雲のように。いままで出会ってないタイプの人が多かったのだろう。タイミングも良かった。hatisに10時間くらい滞在して、ずっと話しっぱなしという日もあった。
会話が、彼の中で地層のように堆積していく。その変化を、やすきはたのしみにしていた。
毎週火曜日、ゆうきくんはエデン横浜で健康バーをやることになった。きりさんが彼に火曜日を任せる気持ちが、わかるような気がした。
はじめ、健康バーだったが、気がついたら魂のカレーを提供するようになった。結果的に、やすきのスパイスカレー講座を受けて、2ヶ月ほどで間借りでカレー屋をはじめた。かなりのスピード感があった。
あるとき、やすきはゆうきくんに問うた。「自分をどういう人間だと思うか」。
いくばくかの逡巡。そして口を開く。
「運がいい人間です」と答えた。
それを聞いて、やすきは、この人は成功するだろうなと感じた。直感。
大きいことを成すからいいわけではなく。小さくても役割は役割。小さくても重要なことはいくらでもある。ゆうき君は、多くの人を巻き込める力があるということ。
スパイスカレー屋を開くまでのスピード感は、まさしく彼の力と運を示したものだった。
魂をけずって

行くたびに、カレーのレベルがあがっているのを体感していた。そして、それを自分の糧にしていた。
どういう工夫をして、よくしていくか。その工程が、一口食べて手に取るように見えてくる。
カウンターでの立ち振る舞いも、サマになってきていて、それもまた、喜びだった。
気づいたことは、彼は商売に筋を通す。だから、言葉と行動に説得力と信頼感があった。
スパイスカレーをつくる作業は孤独だと、やすきは思っていたが、同じものをつくる仲間ができて、俺もやろう、と踏ん張れた。
ある日、火曜日のゆうきくんのカレーをたべにいきましょう、とXにポストすると、人が集まってくれて、魂カレーが売り切れになるほどだった。
だが、そのとき、やすきは気づいた。魂カレーを出してソファに倒れるゆうきくんを。疲労が溜まっているのが明らかだった。
魂カレーは、ゆうきくんの魂をけずって出来たものだった。週5でフルで働きながら、週1、店を開けるのは相当キツかったと思う。
出店をいくつかオファーしていたが、キャンセルになった。限界を迎えていたのだと思う。
〈MagYoko〉さんで打ち合わせたときも、途中で目眩を起こして、マサさんに駅まで付き添ってもらった。
後ろ姿を見送りながら、やすきは、自分がゆうきくんに望んでいた成長が、彼に多大な負荷をかけていたことに、ようやく気づいた。
ゆうきくんは火曜日のカレーバーを9月いっぱいでやめた。
やすきは経営者になること、店を一本化するのが目標なので、キツい日常も耐えなければいけないが、ゆうきくんはそうではない。
「魂カレー以外のカレーをつくりたいですね」とカレーバーを終えたあとに話していた。本当に、カレーに魂を込めていたから、消耗が激しかったんだ。
やすきは、もっと火曜日に行けばよかったと、終わったあとに後悔した。
カレーバーをしている間、ゆうき君とあまり話さなくなっていた。間借り店主としての自分を構築していからだろう。距離感ができていた。それはちょっぴり、寂しかった。
おでん
カレーバーを終えたあと、元のゆうき君がもどっきた。ふたたび話すようになり、下北沢にラッパーのレイト君のライブを観に行ったりするようになった。飲みにいったりするようになった。
やすきがほかの店舗さんに出店したとき、トラブルがあって、配膳を助けてくれた。70人前のケータリングを頼まれたときも、「手伝いましょうか」と、助け舟のメッセージをくれた。
教える側と教えられる側の立場から、もはや、たのもしい存在に変化した。
ある日。横須賀の夜に、2人で飲んだ。〈ヒトモト〉さんという有名な角打ちで、立ち飲みをした。
なんの話をしていたのだろう。〈ヒトモト〉さんの終盤あたりから、やすきは人生について一方的に語った。白ワインのような風味の日本酒が300円で売られていて、やすきはそれを好んだ。そのお酒のおかげで、舌が滑らかになったのか。
熱が冷めやらぬまま、若松マーケットに移動する。おでん屋さんで、続きをやった。

ここでも、なにかを話した。が、よく覚えていない。泡を食ったように記憶が定かではない。
ゆうきくんは、穏やかな人生を望んでいた。
誕生日。Xでキリストを越えたい、とポストしていたゆうきくんは、幸せそうだった。下北沢から急ぎで向かって、やすきはケーキの消灯に間に合った。
ゆうきくんは幸せそうだった。その様子をみて、やすきは泣きそうになった。
やすきは、心のどこかで、ゆうきくんにひとつ、ふたたび取り組んでもらいたい、と想っていた。それがスパイスカレーならうれしいが、そうでなくてもいい。
頁をめくって、物語のつづきを見たい、という欲求なのだろうか。ゆうきくんの人生には、広大なフィールドが広がっている。それを楽しみにしているのは、やすきだけではないはずだ。彼は主人公のように思えた。
誕生日おめでとう、ゆうきくん。いつもありがとう。これからもよろしく。