Hot Chillin’を終えて

青いクレヨンで塗りつぶしたような空だった。白い飛行機が轟音と共に7月の空を通り過ぎてゆく。

2ヶ月の準備期間を経て、ついにHot Chillin’の当日を迎えた。雪だるま式に事が膨らみ、当初よりも巻き込む人がふえた。

必要だった音楽の機材も8号さんが準備してくれて、果てはミラーボールを貸してもらえる人も現れた。

気合を入れるため、朝から髪を切って、700円の青シャツをリビング横須賀のセカンドストリートで買い、サウナに入っている。

10畳ほどのサウナ室に、8人の老人に取り囲まれて汗を流した。10分、サウナに入り、3分、水風呂で、体を冷やす。意識が飛びそうになるが、疲労が雑巾搾りのようにに抜けていく。神戸の友達に教えてもらったサウナの入り方だ。

サウナでおじいちゃんに取り囲まれる

サウナ室で、ふと横を見た。涼やかなクラシック音楽が流れている横で、高齢の男性が大量の発汗に耐えていた。白い髭を長く蓄えて、眼を瞑って、苦悶している。まるで映画のようだった。俳優だったのだろうか。

疲れを抜いて、露天風呂の床に大の字になって寝ころぶ。

重たい体で、夏の澄み渡った青空を眺める。生きてるなあ、と感じる。うまくいかなかったり、泥濘の中で、不思議と生きていることを実感する2年間だった。

苦しさを受け入れていくのが、人生なのかもしれない。

苦しくても、出会いに恵まれていたり、喜びもあった。生きる本質が苦しさだとして、受け入れてしまうと感謝が生まれる。

苦しさは自分自身が生み出している。なんだか仏教めいた考えのようだが、無意識に苦しさを生み出している節もある。そうした矛盾も、人間なのだろう。

DJ MORIという、大阪の友人がいる。同い年のヒップホップDJ。ひねくれてるが、いいやつだった。飛行機の轟音が通り過ぎると、彼の言葉がふとよみがえった。

「イベント打ったやつが、そのイベントを1番楽しまなあかん」。

そうだ。そうだった。だから、気合を入れるのはすこし違うよな。今日はたのしもう。空に向かい、そう心に決めた。

横には、サウナ後の老人たちが少なくとも8人は横たわっていた。みな、一様に裸体で空を眺めていた。肉体に、長年の苦労が年輪のように刻まれている。

どうせ苦しいのなら、人生は楽しまなくちゃね。

パーテー

エデン横浜に到着。きりさんが仕事をしていた。8号さんが私より早く来て、DJの準備をしてもらっていた。8号さんは卓ミキなど機材で大いにお世話になった。

私もみんなでつくるスパイスカレーの準備をする。横須賀の〈かねこ八百屋〉で仕入れた糠漬けを切ったり、玉ねぎの皮を剥いたりしていた。

作業をしながら、きりさんと雑談をする。話が思ってもいない方向に転ぶ。きりさんとはなかなか会えないが、イベント前に話すこの時間が好きだ。

到着したこまつさんと8号さんのリハもスタート。音出しと、ミラーボールをきりさんが天井に設置してくれた。明かりを暗くして、幻想的な空間が出来上がっていく。

幻想的なミラーボール

スタート前から、人が集まってきた。みんなイベントの準備を手伝ってくれた。

ミラーボールから光の粒が発出し、色とりどりに回転する。イベントへの不安と期待を現しているようだった。影は一箇所に留まらない。

音の光とスパイス。いままでにない試みが、これから始まろうとしている。みんなで手弁当で作り上げていき、グルーヴが積み重なっていった。

リハの風景

19:30。タイムテーブルを押してスタート。お客さんも入り始める。初対面のくまきりさんのビートライブをバックに、まずはみんなでスパイスカレーづくり。

くまきりさんのビートとスパイスカレーづくりがマッチしていて、独特の雰囲気になっていた。くまきりさんが奏でる音楽に、スパイスカレーが引っ張られていた。

みんなで一手順ずつ、スパイスカレーをつくる。

今日はフィッシュカレー。キタタクさんの発案だったか、最後にクリームを入れて、味がまとまった。

スパイスカレーが出来上がり、みんなで食べる。くまきりさんは予定の時間を越えてDJまでプレイしてもらった。くまきりさんの独特のグルーヴとスパイスが、みんなの身体に入り込む。

津山にいた頃、丹後山アパートメントで、みんなで集まりごはんをつくって食べる、ということを毎日のようにしていた。たた単純に、それだけで楽しい。

この日はフリーライス、フリー糠漬けとさせてもらった。お米を7合炊いた。

こまつさんのDJがスタート。くまきりさんと共に、今日がDJデビューだ。2ヶ月前、こまつさんに金沢八景で、表現をしていこうと話して、ここまできた。こまつさんに眠っていたエネルギーが発出され、みんなで共有していく。

キタタクさんはカレー2種、こまつさんはチリを効かせたスパイスチキン、ゆうき君は魂カレーの最新型。

キタタクさんは甲殻類をつかったカレーを出していた。相談はこの2ヶ月で受けていて、高い情熱を感じた。この日も、直前まで改善点を話し合った。ゆうき君は、瞬く間に進化していき、今や週一で間借りカレーの店をしている。

フードは、一人ずつ順番に出した。当初は全員を一度に並んで欲しかったが、厨房に入れる数が限られるためそういう形になった。

投げ銭の皿を、気づいたらだれかがつくってくれていた。料理の進行を、高橋さんが手伝ってくださった。

きっと高橋さんは、いろんな場面で、こうやってだれかに、手を貸しているのだろう。そこには、ツイートであげている写真のように、やさしい眼差しがある。

計4種のスパイス料理をみんなにお出しした。それぞれ好評だった。それぞれの料理に個性があることを表現できた。

楽しでもらえるかどうか不安だったが、形になった。スパイスと音楽とお酒が混ざり合い、よい空間と空気を生み出していた。スパイス料理を口にすると聴感覚が変わると考えていたが、どうだったろうか。

急遽、前日に出店が決まったスミーさんが遅れて到着した。ゆうき君とコラボしてチャイをつくることになった。想定外の出来事だった。今後、出展者同士のコラボも生まれていくかもしれない。そういったことも、イベントの醍醐味だ。

みんな、スパイス料理を食べ、お酒を飲み、踊り、悠々に時間を過ごしていた。

Run

23:00終了。残ったみんなは、すこしくたびれていた。このあたりも、イベントとしては改善の必要がある。

私も、この一ヶ月のハードさがこたえて、疲れが出ていた。この疲れがなければ、イベントをもっと盛り上げることができた。

後日、「マイペースに自由に楽しめれてよかった」。というツイートがあった。嬉しかった。私としては、一体感というか、熱気がもうすこし作ればとは反省した。

私の熱量が足りなかった。もっと楽しんでもらえるイベントにできていた。

それでも、十夢さんをはじめ、いろんな方に楽しんでもらえたツイートをしてもらえた。8号さんにもイベント終わりに「またやりましょう」と言ってもらえた。ありがたい。

残って飲んでいると、に気づいたら横須賀への終電の時刻に近づいていた。スミーさん、りょうさんと、天王町を後にする。スマホで調べると終電まで残り1本か2本、というような状況になっていた。焦る。

横浜駅から、スミーさんと走る。横須賀までの終電を逃してしまうと、辛い状況になる。金沢八景で止まってしまうと、漫画喫茶もなかろうし夜中に2時間半は歩いて帰るハメになってしまう。

スミーさんに連れられて、相鉄線の乗り場から京急の乗り場まで最短ルートで向かう。自分ひとりでは、いまだに迷って30分はかかる道のりだ。

角を曲がる。見覚えのある風景が出てくる。間に合うか、と安堵したら、

「この直線が長いんですよ」

とスミーさんが言う。走る。まだ走らなければいけないのか。もうクタクタだ。前の店を閉めてから、横須賀に来てから、店を開いてから、無我夢中で走ってきた。平日、店を開けていてもなかなか人は集まらなかった。

まだ走らなければいけないのか。目が霞むようだ。間に合うのか?果たして俺にできるのだろうか?だめなんじゃないだろうか。いっそ倒れこんでしまいたい。そんなことが頭によぎる。周りの人々は落ち着いて歩いている。横浜駅の各線につながる大きな集合口のところまで来た。この時間帯は人もまばらで、走っているのは私たちだけだ。

DASHする

でも、今日。様々な可能性が、渦のように生まれた。DJイベントはエデン横浜でもあるし、こまつさん、ゆうき君はスパイスの仕事をスタートさせた。くまきりさんとこまつさんもDJをはじめた。高橋さんは集客に多大に貢献してくれた。

みんなが手を差し伸べてくれた。こんな私に。

来てくれた人も含め、ひとりひとりが、出会えてよかった、と思えるような人達ばかりだった。

苦しいのは自分だけではない。辛い思いをして、エデンに癒しを求めにきている人は多くいる。

エデン横浜は、優しくて、傷ついている人が集まっているように感じていた。だから、内に向かっていくだけではなく、外に向かってエネルギーを発散する場があれば、と考えていた。

高橋さんが、困難なイベントをよく成し遂げたとあとでツイートしてくれた。私は困難なことだとは気づかなかった。みんなで困難を打ち破ったのだ。知らず知らずのうち。

私のことを信仰している、不思議な力をもらえるという風に言う人もいるが、とんでもない、私がみんなからエネルギーをもらっている。勝手に仲間だと思っているから、一緒になにかをしたい。その想いからこのイベントをオーガナイズさせてもらった。

みんなの可能性を信じているのだから、観念して、自分の可能性を信じて走ることにした。結果をあげているわけでも、勝算ががあるわけでもない。ただ確信はある。

報われるためにやるとかじゃない。報われるためにやると、どうも話が違ってくるように感じる。うまく説明できない。自分の道と、関わってくれるみんなに、どれだけ愛を注げるか。間違ってるとか、正解だとか、そういうことじゃない。

もう、やるっきゃnight。

みなさん、どうもありがとうございます。おかげで、すごい大きな可能性が塔のように大きく聳え立ちました。

11:45。京急乗り場に到着した。最後の久里浜行きの特急を逃したが、浦賀行きの普通電車には間に合った。乗り換えずに県立大学駅に降りることができる。

導いてくれたスミーさんにお礼を言い、帰路についた。帰り道、スミーさんといろんなことを話した。

いい夜だった。青いシャツにスパイスがついていて、目立っていた。青白い電灯に照らされた県立大学駅のホームから、終電が過ぎ去る音が聴こえた。