きっかけはキタタクさんだった。
エデン横浜へ、おりえさんの珈琲を飲みに行ったのが去年の11月。初めての訪問だった。どういう場所かもよく知らなかったが、そこにいた人たちと、お酒を飲みながら話が弾んだ。
バーカウンターの向かい側の壁に、イベントのスケジュールが書かれている。内容がよくわからない、荒唐無稽さがあった。忘れていたなにかを思い出しそうになった。そのざらつきは、かつて住んだ神戸のライブハウスの質感に似ていた。
そこにはきりさん、高橋さん、キタタクさんがいて、今のつながりの軸がそこで出来上がった。

2022年末。忘年会に誘われて野口さんと行ったのが2回目。その頃には、〈hatis AO〉にも何回か高橋さんが来てくださっていて、エデン横浜とhatisの関係が出来始めていた。さちこさんの鍋もうまく、出汁の取り方を教えてもらった。
また、その時に、ここは多くの人を救っていることが理解できた。避難場所というか、やさしく、あたたかいシェルター。室内でBBQをしていたので物理的にも室温が高かった。
3月。キタタクさんからエデン横浜でスパイスカレー講座をしてくれ、という打診がきた。エデン横浜でイベントを打つ、ということがよくわらないまま引き受けた。
Twitter上の流れで、〈hatis AO〉でもスパイスカレー講座をすることになった。ヤドンさんが人を集めてくれて、たしか6人以上は参加してくれた。そのあと、個人の方も一度受けた。繊細そうなツイートをされていたので気を遣って1人でしたのだが、普通に明るい方だった。杞憂に終わる。
その方はスパイスに慣れ親しんだ方だったので、次は中級者向けの講座をしましょう、ということになった。
講座では、日常的にスパイスに親しんで欲しい、という想いから、お味噌汁のように簡単な作り方をお伝えした。
スパイスカレーの代表的なテクニックとして、油にホールスパイスの香りを移す、テンパリングという技法を講座の内容に盛り込んだ。
みんな熱心に講座に取り組んでくれた。スパイスに興味があるが、使い方がわからない、というひとが思いの外多かった。質問が飛び交い、参加者のみなさんはスパイスカレーを理解しようとしてくれた。講座自体に熱があるように感じた。参加者の方の発言で生まれた新しいアイディアもあった。
エデン横浜でのスパイス講座で、生まれたアイデアがある。玉ねぎを飴玉にまで炒めるには時間がかかるため、煮込んだほうが早い、とお伝えしていたのだが、玉ねぎをレンジで温めてもいいのではないか、とどなたが発言した。以降、講座でもそのアイデアをお伝えしている。
波及
スパイスカレー講座は、私が思っていた以上の波及効果をもたらすことになる。
参加者のみなさんが日常的にスパイスカレーをつくる様子が伝わってきた。〈hatis AO〉に来てくださって報告してくれたり、Twitterでも自作スパイスカレーの写真をあげている。単純に嬉しかった。中には私がつかったことのないスパイスのことを話す人もいて、驚いた。
5月。エデン横浜で定期的にやって欲しい、と言う声があったので、2回目のスパイスカレー講座を開催させてもらった。
あいかわらずどう告知したらいいだとか、だれに声をかけていいだとかがわからない。参加人数は前回より少なく、3人だった。
エデン横浜では、講座というよりも、みんなで集まってごはんを使って楽しい、という単純なセッションに重きを置くことにした。思いつきで、料理中に四つ打ちの音楽をかけた。
すると、予想外の効果があった。スパイスを体に取り込みながら音楽を聴くと、どうも気分が高揚してくる。
お酒を飲むと音楽がよく体に浸透しやすくなるのは、みなさん体感したことがあるだろう。同じ効果が、スパイスにもあるのではないか。その予感は、参加者の方にもその効果が出ているのを見て、確信に至った。
以前から音楽とスパイスを混ぜたイベントはできないかと考えていたので、その場にいたメンバーと話し合って、開催することにした。
サポートしてくれたエデン横浜スタッフのこまつさんに、後日、相談した。
こまつさんに声をかけたのは、横に立ってもらって、クリエイティブなエネルギーが眠っている、と感じたからだ。四つ打ちをかけている時の音の取り方で、音楽好きであることはわかった。
神奈川に来てから店のことで頭がいっぱいだったので、あまりこちらから人を誘うということは少なかった。思うところあって、飲むことを避けていた。意識的に1人になりたかったからだ。例外的にマイナンバーの仕事した人たちとは飲んでいたが。でもやっぱり、あんま自分の中で残ってないんだよなあ。神戸の頃は、いい飲みがたくさんあったのだけれど。
話しているうちに、こまつさんを覚醒させることをイベントのもうひとつの目的とした。それがエデン横浜全体にとってもいいだろうと考えた。
イベントの開催には問題があった。音楽イベント用の機材まわりが揃っていない。どうしようかと思案していたところ、またもやキタタクさんから、ご自身の手作りシュウマイのイベントにきてくれというメッセージがきた。
同じく5月、ふたたびエデン横浜へ。子供さんもいて、イベントは和やかな雰囲気だった。シュウマイをあてに飲んでいると、さちこさんにその場にいた5号さんに紹介してもらった。8号さんは機材に明るく、DJや、音楽の知識が豊富だった。力強い存在。その日に持ってきてもらうことになった。幸運だった。
魂のスパイスカレー
スパイスカレー講座に参加してくれたゆうき君が〈hatis AO〉によく来てくれるようになった。健康に関することがしたい、と言い、魂のスパイスカレーをつくることになった。スパイスカレーを選んでくれたことも、ことのほか嬉しかった。
ゆうき君はこれから大きいことをするだろうな、という空気をもっている。人をわくわくさせる磁場が彼の周りに渦巻いている。

営業日の夕方以降、常連さんが集まる時間が出来ていた。〈hatis AO〉の個性的なお客さんとゆうき君がセッションする。
一つのことを、見ず知らずの人間が話し合う。日が暮れるまで、答えが出ないことについて言葉を交わす。白熱灯の下テーブルに集まって、真剣に論議していた。青い珪藻土の壁が静かに燃え上がっているようだった。
東京で発掘の仕事をしているゆうき君の同世代のお客さんがいた。彼は納得のいかないことは一つ残らず訊き、自分の意見を臆面もなく正直に話す。哲学者のような真摯さを持つ人で、このような人は珍しい。
彼とゆうき君が、ゆうき君の展望について、議論していた。議論、という言葉があてはまるような会話だった。あれはいい瞬間だった。
こういう偶発性のある邂逅は、お店ならでは、と言える。こんな素敵な時間のために、商売を頑張ろうと思えた。
ゆうき君は、会う度に成長していった。初めてあってから2ヶ月経って、もう別人になっていた。話す言葉の選択も、人と相対する時の態度も、顔つきも、会った時とまるで違う。
こまつさんも才能が開花していった。〈hatis AO〉で試作会をやったが、スパイスの取り揃え方と使い方が特徴だった。スパイスの魔術師のようだった。イベントのフライヤーをつくってもらったが、Apple Musicを模したアイデアで、橙と黄の配色も高いセンスを伺わせていた。こまつさんが個を出して、創作に力と時間を費やしたら、素晴らしいものができることは想像に難くない。
7月24日のHot Chillin’までに試作ができればいいかと考えていたが、2人とも具現化のスピードが速く、実売のところまで持って行った。
金沢八景に引っ越してきたスミーさんも、店に来てくれるようになった。鋭い感性の方で、スパイスカレーの方針について切り込んでくれて、その通りにした。スミーさんもまた、発掘の彼のように、真摯に、正直に向き合ってくれる人だった。
私は店のことが第一だ。エデングループに積極的に入り込むことはできない。エデン横浜にいるみんなのことが好きなので、イベントを打たしてもらっている。
出会いがたくさんあり、私自身を変えてもらった。エネルギーをもらうことが多かった。それは、エデン横浜独特のものだった。なんでだろう。たぶん、みんなが純粋だからだと思う。
高橋さんは、6月に来店したお客さんの一人当たり来店記録を越えたんではないだろうか。6月は平日営業に始めたものの、集客が難しかった。週末も芳しくなかったし、苦しい時期だった。
店に人が来ない日々が続くと精神的に参ってくる。自分は必要なのだろうか、という気分になる。一方で、富士見町の澄んだ空気感を存分に味わうこともできたのだけれど。
精神的に落ち込んでるところを、高橋さんは励ましてくれた。知恵も出してくれた。「やれることがたくさんある」と言う言葉に、どんなに私は救われただろう。
この場を借りて、感謝を申し上げます。ありがとうございました。
ついに来週。この何ヶ月かの集大成にして、大きな始まり、偉大な一歩目。すくなくとも、2つ以上のきっかけにはなっている。
エネルギーが集まって、交換し、よい相乗効果を生む。そんなイベントになったらいいなあ。
それすらも、キタタクさんの一言に端を発している。キタタクさん、すごい。
横須賀でも大きな箱からのお話も来ていたり、音楽関係者の輪ができつつ、次の展開も見えている。
スパイスから生まれる輪。珈琲も人と人を繋ぎ合わせる力があるが、スパイスにもなにかかがある。どちらかというと、関係を発展させ、強く拡げるような作用がある。
歴史からみても、シルクロードでアジアとヨーロッパを結び、交易を通して文化の交流をスパイスは促してきた。
ここ1ヶ月は、集客もすくなく、その分、濃密な時間を過ごせた。会う人ひとりひとりの影響が大きかった。こんな私に関わってくださってありがとうございます。
最初だからカオスだろうが、混沌を楽しんでいきたい。みなさん、ぜひ来てください。