湘南移住記 第206話『体だっる』

店をオープンして2ヶ月が経った。9月は日曜日のみの営業だったのだが、10月末から土日どちらも店を開けるようになった。

平日もフルタイムで働いている。つまり、週7で稼働しているということになる。〈No.13〉の野口さんがもう1年くらいそのサイクルを続けているので、自分もそのくらいやらねばと思ったが、実際にやってみると相当きつかった。

だるくなった体で帰途につく。県立大学駅からの坂道。仕事帰りの人が蟻のようにのぼっていく。空には北極星が輝いている。あれはたまにUFOではないかと考える。

疲れてるんだけど、楽しい。

見直し

週5稼働になったのは、条件に当てはまる派遣の仕事が見つからなったこともある。土日営業だとして、週に1日休みを取るために週4の仕事をさがした。ところがなかなか見つからない。

週5だと仕事はいくらでもあった。週4だとシフト制になり短期のものが多い。

仕事の切り替わりがうまくいかず、10月は3週間ちかく稼働できていなかった。店は開けていたものの利益は入ってこない。収入が入ってこず厳しい状況。

店のオープンのために貯めていたお金はほぼぶっ込んだ。それでも足りないくらいだ。

店の設備投資費どころか生活費も危うくなりそうだった。

運良く仕事は決めたものの、時給1200円で7時間労働、週5勤務で2ヶ月短期と条件はよくなかった。焦っていた。

一時は消費者金融に申し込もうかと考えたくらいだったがなんとか乗り切った。が、収入がよくないので貯蓄までには至らない。月収は17万円ほどになる。

改装費と貯蓄を合わせると月収24万円は欲しい。そうなると時給1500円の仕事をする必要がある。幸い、コロナが明けてきて求人が増え始めた。横須賀でも時給1500円以上の仕事がぽつぽつと出始めた。

結局、週4の仕事はあまりないので、週5で探すことにした。

一時的にお金がなくなってよかったのは、支出の見直しができたこと。例えば昼食はパン2つ買っていたのだが、玄米おにぎりをつくってもっていくようになった。

パンを買っていると、1日220円使うとして20日稼働で4400円。年間だと52800円。いい珈琲の生豆がかなり仕入れることができる。対応調理器もミキサーも珈琲焙煎の温度測定器も濃度計も珪藻土もBluetooth真空管アンプも、店に必要なものが手に入れることができる。

飲み物も淹れた珈琲をボトルにもっていく。自販機で買うのは浪費。夕飯は営業で余ったカレーの残り。

おかげで、お金を遣わない1週間もあった。しかも玄米を食べ続けて体調もよくなってきた。

Yahooモバイルの携帯代もなぜか高くなっていたので、乗り換えることにした。

そうやって切り詰めていくと、1ヶ月の生活費が浮いてくる。浮いた分を店の設備投資や珈琲豆の仕入れに回す。

だがまあ、週7稼働というのは本当にしんどい。朝起きても力が入らない。11月頭に風邪をひいて、スパイスカレーの仕込みに失敗して営業を休んだ日もあったが、それでもしんどい。

いい点を挙げると、よく眠れるようになった。ここ10年間、あまり寝付きは良くなかったが疲れてそのままストンと寝れるようになった。日中、頭が冴えている気がする。

朝晩に5〜10分瞑想する習慣もつけた。特に朝に瞑想すると、その日1日の作業効率が上がる。

もうひとつ良かったのが3年番茶。これは体の陰陽のバランスを整えるのに最も適した飲み物だ。体が欲している。

仕込み

物理的に時間もない。土日営業の仕込みのためには、少なくとも木曜日から動かないといけない。

スパイスカレーの仕込みにかかる時間が前の店より倍になった。買い出しも含めると7時間はかかる。

金曜日の仕事後に始めると、仕込みが終わるのが土曜の夜2時になってしまう。そのまま翌朝起きて掃除から始めるときつい。

また、疲労困憊で調理をすると仕事の精度が落ちる。早く終わらさなければいけないと焦りながらやってしまうし、微妙な味の調整判断も誤ってしまう。それなら2時間ずつを3日に分けたほうがいい。

土日営業を始めてわかったことは、平日をどう過ごすかが大切、ということだ。

スパイスカレーの仕込みのほかに珈琲の焙煎もある。1週間に1度、焙煎していたのだが、風邪で営業を空けた週は、2週間ちかく焙煎しなかった。

それだと感覚も鈍るし上達も遠ざかる。そこで、1度に焙煎する豆の量を減らして、焙煎の頻度を上げた。この方が前回の反省を汲みながら焼くことができる。

改装もできることをやる。30分や1時間でもいいから、板にニスを塗ったり、珪藻土を塗ったりする。

毎日コツコツやることを積み上げる。

オープンまでの1年間で身に染みたのは、毎日少しずつやることは効率的ということだ。期限を決めて焦るより時間的に余裕を持った方が作業が進む。ミスらないし、丁寧にできる。

その日は疲れて寝てしまうこともある。そういう時は翌朝に早く起きてやる。

こう書いているとストイックに受け取られそうだが、空き時間にダラダラYouTubeでワールドカップ関連の動画を見たりしている。

そういう時間をいかになくすか。敵は相手ではなく自分と言うが、その言葉が本当にそうだなと思う。ちょっとのサボりが珈琲に出てしまって、お客さんに誠意を欠いたことが何回かあった。

休むことも大切で、やることもやる。店の営業が楽しいし、お客さんが来てくれたらうれしいから。

しかし、店は暇だけど。

横須賀の店は協力してくれる人が増えた。岡山の時の倍以上ではないか。私は勝手にみんなのことを信頼していて、やれる気しかしていない。

この2年間は、自分の弱さと直面した。

そして、野口さんに出会って、自分の甘さを痛いほど教えられた。だから、やんなきゃいけない。

でも、おもしろいかも。ちょっとやりすぎてるけど。やりたいこととやることが明確になると、あとはもうこなすだけ。

これでもう少しお客さんがきてくれると、もっと楽しい。お客さんは一気に来るわけではないから流れをつくる。

日曜日。店内が寒すぎて夕方5時に閉めた。今日は本町の〈泡ノ音〉さんの紹介でお客さんが来てくれた。カレーが好きな近所の方だった。

そのお客さんと、この2年間大変だったことをお互いに話した。そういう距離感の取り方って仕事ではまずできないし、お店ならではだと思う。珈琲の力もある。

なにか、うれしかった。

先週に〈Icoi Base〉さんとアルパカさんとあの空間にいれたこともうれしい。常連さんといつも通りに話すのもうれしい。

それが喜びで、喜びを仕事にできてることの、なんと幸せなことか。店をできなかった2年間がそれを教えてくれた。

6畳の寝室。白い天井を眺める。遠くで救急車のサイレンが鳴っているのが聴こえる。部屋で1人。体はだるいまま。でもまあ、よかったのだと思う。