湘南移住記 第202話 『ドミニカ』

木曜日。休みなので店の準備。11日にオープンを目指すことにした。

まだ台所の片付け。おもったより時間をくっている。カレー皿や珈琲茶碗、食器をひとつひとつ丁寧に洗う。

珈琲茶碗は、〈ピックス横須賀中央店〉で買い揃えた。3種類が8客。ノリタケかどうかわからないが、佇まいのあるヴィンテージ。価格も300円程度と安かった。

洗ってみると、私たちはまだ働けるよ、とこちらに伝わってくるような品格だった。この子達と珈琲を出すのかあ、と考えると身が引き締まる思いだった。

今日の準備

存在しない架空の珈琲茶碗

ヴィンテージのものを集めだして気づいたことは、モノにも想いが宿るということ。例えば同じ中古品でも、未使用のものは無垢な感じがする。長く使われたものは、経験もあるので、プライドがある。

内容量をビーカーで測ると、150mmだった。前の店では珈琲を200mmで出していた。珈琲チェーン店の量は一律なので、見比べて200mmにした。少し多いが、がぶがぶ飲めるのでいいかな、と自分の感覚で置き換えていた。

ところが、実際に店で出してみると、年配のお客さんが量が多い、という意見をいくつかもらった。

おそらく、昔の珈琲店が150mmが定型だったのだろう。その量で飲み慣れているので、200mmだと多く感じるのだ。

珈琲の分量って、その店主の嗜好がかなり問われるな、と気づいた。これは意外とみせによってまちまちだったりする。

富士見町は、近くに年配の方も住まわれている。150mmで挑戦してみよう。私の感覚でいうと、珠玉の珈琲を出すような感じ。

この珈琲茶碗にくらべれば、私は若輩だ。この器たちに教わっていこう。


追加したシンクに水を流したら、蛇口とホースをつなぐ金具が外れてしまった。ホームズに買いに行く。ついでに、100円ショップでスパイス用の保存容器を揃えた。

しんどくて、途中、ひさしぶりににエナジードリンクを買ってみた。迷彩柄のコーラ味だった。飲んでみると余計に具合が悪くなった。

大阪で働いていたとき、毎朝、同じ銘柄のエナジードリンクを飲んでいた。そら疲れるわい。

帰って金具をつけてみたが、サイズがひとつ大きく、はまらなかった。しんど!と思い、風呂に入る。

風呂に入っている途中、すいませーんという声が聞こえた。宅配便だった。岡山の母がブドウを送ってくれたのだ。

箱の中身には4種類のブドウが詰まっている。ベリーA、シャインマスカット、ピオーネ、安芸クイーン。

岡山に住んでいると、ブドウをつくっている人もいるので、この時期は買わなくてもよくもらったりする。

ベリーAは、たしか子供の頃はよく食べていたが、いまごろピオーネが流行っていらので、ベリーAは作られていないそうだ。

ありがとう、と母にメールを送ると、笑顔の絵文字が返ってきた。

母は実家で父の毛糸の卸売の会社を引き継ぎ、商売を続けている。従業員さんも長く勤めていたが、父と母だけになり、父が亡くなって、母ひとりで店を切り盛りしている。

母は地道に商売を続ける人だ。お客さんがこなくても、毛糸をずっと編み上げているし、お客さんがきたら対応している。

毛糸を買いに来ているのではなくて、母に会いに来ているお客さんもいるように見えた。

長く商売をやっていても、高齢化が進み、お得意さんも減ってくる。毛糸の小売店も減ってきている。街中でなかなか見かけない。横須賀の安浦町に、毛糸の小売店らしき店を見つけて驚いた。

母とも去年の騒ぎで、関係が険悪になった。私はもう会うこともないかも、とさえ思い至った。

私も含めて、いずれお別れの時が来る。それは、みんな。生きている間、お互いにいい関係でいれたら。

母が返してくれた絵文字に、心がゆるんだ。店のことで緊張しっぱなしだった。

ドミニカの想い

夜、〈No.13〉でカッピング。前回とはまた違う生豆を仕入れ。〈のぼり雲〉でサウナ。雑巾を搾り取るように疲れを抜いておく。

〈No.13〉に到着。アルパカさんが先に来ていた。今回は3種類の豆から選ぶことになった。YouTubeの撮影もつく。

Zoomで生産者さんと直接話せる機会があったらしく、野口さんが生産者さんのことを教えてくれた。

珈琲は人を人を繋ぐ力がある。今回選んだ豆の生産者さんは、同年代のようだった。国は違えど、同じ世代で仕事ができるのは嬉しい。

珈琲茶碗もそうだが、多くの人の素晴らしい仕事の上に、自分の仕事が成り立つ。責務でもあるし、たのしくもある。

野口さんの語り口にも想いが込もっていたのが伝わった。仕事を繋ぐ。私が自営業をすること自体、父と母の仕事を次に繋げていくことになる。

夜12時前に帰宅。晩ごはんを食べていなかったので、田浦にある〈船食〉さんの生麺でやきそばをつくる。麺をゆで、揚げ焼きにして、三浦産のピーマン、茄子を細切りにして、豚肉といっしょに炒める。

出汁をいれて、あんかけにしたが、吉野葛だととろみが出ず。片栗粉にすればよかった。