湘南移住記 第188話 『時はうごきだす』

5月末。結石の発作あり。朝4時ごろから突然左脇腹が痛み出した。痛みははじめ、そんなに強くなかったが、時間が経つにつれ段々と増してきた。3月の発作より痛くなってくる。

尿道結石は世界3大激痛に数えられる。出産の痛さにも通ずるようだった。赤子を産むのはこんなにも痛いのか、というような苦しみだった。

発作

とにかく尋常ではない痛さだった。「痛い痛い」と布団の上で悶えつづける。

前回の発作で、風呂に入ると痛みがやわらぐことを知っていた。風呂に入る時だけ、理性が働く。救急車を呼ぼうかと迷う。

だが、病院に行ったところでよくはならない。一時的に痛み止めを処置してもらえるものの、帰ってからは自分でなんとかするしかない。結局、医者もそんなものだ。

とにかく耐えた。風呂にはいっては布団の上で悶え苦しみ、を繰り返し、朝11時まで格闘した。しまいには風呂で眠ってしまっていた。風呂で寝ていると、ガス屋さんが来ていることに気づいた。助けを求めようとしてが、そのまま風呂で寝ていた。

気がついたら13時、発作は止まっていた。6時間以上は痛みに耐えていた、ということになる。

その後、左脇腹の痛みは落ち着き、尿道の先に痛みに移った。石が尿道から膀胱に降りてきていた。体内のことなので、体感でわかる。

それから4日。再発作が出ないかと心配しながら仕事をする。漢方も効いてきたみたいで、どうやら落ち着いたようだ。

石が出たとはわからなかったが、もう痛みもない。

これでやっと店のことに集中できる。

哀しみの果てに

横須賀店と同時に津山店を再開しようとしたが、母親の了承が得られず、店を頼もうとしていたナルちゃんに謝りの電話を入れた。

その時、つばさくんとナルちゃんも体調を崩していたようで、解決策に気功を勉強していたと教えてくれた。

小田原に中健次郎さんという気功の先生がいて、DVDを観たらしい。気の流れが滞おると、体調がわるくなるということだった。

気は心にも通ずるだろうから、体の不調が心にも作用するし、その逆もまた然りだ。

例えば私だと、いつも思考に囚われている。会ってない人のことが気になる。意識に囚われすぎて、本が読めない。道を歩いていても、先のことを考えてしまう。

これでは頭に意識が行きすぎていて、脳が疲労しているということになる。しかも明るい材料を考えればいいが、過去に起こったことを反芻していて何も前に進まない。無産の状況。

そこで私は、つばさくんの話を聞いて、他の場所に意識を持っていくことにした。ひとつは丹田。丹田を輝くようにイメージすると、不思議なことに今に意識をフォーカスすることができる。

もうひとつは足。医者が書いた本で、就寝時に足を意識すると血が足にいって、全身の血行がよくなり、入眠しやすいということを思い出した。

また、つばさくんはなにか思い浮かんだとしても、それに対してなにも対処しないということを教えてくれた。瞑想と同じだ。

私は悲しいことを思いださずにおこうと無理やり蓋をしていたが、かえってよくなかった。ある時に溢れ出てしまって、結石につながったのではないかと思う。心と体はつながっている。

頭に浮かんでくる思考を静かに見守る。それだけで気の流れがかわってくる。

ともかく、石は出た。これから行動することにする。