湘南移住記 第七十二話 「横須賀でもらったもの」

引っ越ししてから、モノがない。ミニマリズムを志向しているが、必要最低限のモノすらない。冷蔵庫、洗濯機、ほうき、ちりとり、机、椅子、食器、などなどがない。

hatis 360°を立ち上げたとき、夢中で、気がついたら珈琲茶碗も皿もなかった。最初のお客さんはりょうさんで、紙コップで珈琲をお出しした。料理をしようにも調理道具もない。

さすがに何もなくては店ができないので、Instagramで皿や調理器具を募集した。すると思いのほか集まって、店で使わなかったものがあるくらいだ。

その後も、お客さんや知り合いに冷蔵庫、ソファなど、大モノを譲ってもらった。店の備品となった。必要なモノがあれば、その都度くれる人がタイミングよく現れる。hatisは不思議な磁場を持っていた。それとも、私自身が磁石になっているのか。

今回、Twitterで募集してみた。すると、横須賀の汐入駅のちかくにある〈カギロイ〉さんという飲食店から連絡があって、皿などくれるということだった。ありがたい。

Twitterのフォロワーは少なく、100人に満たない。しかも神奈川のアカウントはさらに少ないので、かなり運が良い。声をかけてもらっただけでも、ありがたい。

ということで月曜日、朝から横須賀駅に出かけた。

2度目の横須賀

こちらに越してから横須賀に行くのは2回目。1度目は単発の夜勤バイトで県立大学駅に行った。あれから蕁麻疹が出て、大変だった。

三崎口駅までバスで出て、そこから横須賀中央駅へ。横須賀は横浜や東京に比べて気軽に出れる。政令指定都市で、一通り揃っているだろうし、引っ越し前の視察できれいな街の印象があったから、たのしみだった。

横須賀中央駅。駅を降り、若い女性をひさしぶりに見た。三崎港は年配の方が多いので、若者をあまり見かけない。横須賀には大学もいくつかあり、昼間人口でも10代、20代の人が多いのだろう。

朝9時くらいについてぶらっとしてみるが、店がまだ開いてない。駅ちかくに24時間営業の飲み屋があり、朝からカウンターが満席だった。おそらくこの店は、行政の指示を聞いていない。聞かなくてもよい。

三笠ビル商店街という、むかしながらの店が立ち並ぶ通りに、〈地球堂〉というパン屋さんが入っていた。交通費もかかってるし、朝食はパンにすることにした。300円のサンドイッチもあったが、200円のマトリッツォにした。いま流行中のパンで、パン生地にぎっしりのクリームと、オレンジピールが入っている。程よい甘さで、ちょうどよかった。

〈地球堂〉では、おばあちゃんと孫らしき2人の女性が店番をしていた。おばあちゃんは、お客さんにすごく気を遣っている。私の母親を思い起こさせた。

女将が、私の母は立場上、言いたいことも言えないのではないか、と話してくれたことがある。母は久世の酒屋の四女で、津山で毛糸家を営む中山家に嫁いできた。祖父と祖母に家事を任されたり、慣れない商売をやらされたりと、苦労があったろう。嫁いだ嫁とはいえ、今の時代とは違い発言権もなかったと思われる。

初の内孫の私は大切に育てられ、意見も通ってきたからその感覚はわからなかった。女将は昔ながらの女性感覚を持ち合わせているので、理解できることがあったらしい。今の女性は強く、自立している人も多いから、事情もまた違うのだろうが。

きれいな街並の裏に

あてもなく歩いていると、コースカベイサイドストアーズという、大型商業施設を見つけて入る。

かなり大きい施設で、空調がきいて涼しい。Wi-Fiも通っている。しばらくゆっくりしていた。楽しみにしている〈フリースタイルティーチャー〉の動画を見る。からし蓮根のツッコミが抜群にラップがうまい。しゃべくり漫才コンビのツッコミはラップをすると上手だろう。和牛の川西はラップをすると上手いはずだ。

今治のバスタオルを探していて、大きい無印を見てみたが今治かどうかはわからなかった。案外、大きい街でも日本製のバスタオルは売っていないのかもしれない。

コースカベイサイドストアーズの裏手には横須賀米軍基地がある。グーグルマップでは、米海軍本部と記載されてある。やぶさかではない。施設にも迷彩服で買い物をしている白人を見かけ、3人組の迷彩服がスシローに入っていくという、物珍しい光景も見た。

ここまで顕著に、日本はアメリカの属国です、と突きつけられると複雑な気持ちになる。海に浮かぶ黒い軍艦を見て私は美しいとは思えなかった。

米軍基地に入ってみようと思ったが、上の図の向こうにゲートがあり、一般人は入れないようだった。

横須賀の店たち

昼食はラーメンを食べることにした。移住前から横須賀のラーメン屋さんはチェックしていて、今日は〈煮干平八〉という店にした。理由は、平打ち麺だから。汐入とは逆の横須賀駅方面で、結局2往復することになった。

看板が掲げられていなく、グーグルマップでないと辿りつけない。店内には食券機があって、わかりやすいラーメン一筋おやじが2人で店を回している。つけ麺にした。ひさしぶりだ。津山にはつけ麺がなかった。あるけどチェーン店で、味はあまりよくない。

東京で流行している昆布水つけ麺と、つけ汁がついている。塩を勧められた。昆布水つけ麺はぬるっとした質感で、麺自体にもすこし旨味がある。つけ汁は横浜の家系を喚起させるもので、私が食べてきた神戸のつけ麺とは味わいがちがった。

店を出てすぐ、自家焙煎という文字が見えたので思わず入ってしまった。〈カフェコンティニュー〉。ご主人に話を聞くと20年近くされている横須賀の老舗喫茶店だ。横須賀のタウンエリア情報誌を見ると、ご主人は若いうちから喫茶店がやりたく、銀座で修行し、店を立ち上げたという筋金入り。白髪を後ろに結って、ピアスを両耳にしている。かっこいい。

マンデリンを主体にしたブレンドは、複雑な苦味が瞬間に去り、余韻のバランスもよく設計されていた。サードウェーブ以降の流れではないが、日本の脈々たる珈琲文化の潮流を感じさせた。30年だもんな。そりゃ、美味いって。美味いだけじゃなくて、積み重ねた時間の偉大さがある。

三浦で珈琲の店をやるんです、と話すと笑顔で応援してくれた。嬉しかった。またきます。

約束の時刻になったので〈カギロイ〉さんに行った。店は仕込み中で、ご主人の松田さんが対応してくれた。店の2階にモノが置いてあって、椅子や皿をくれた。徒歩で持って帰れない分は女将が車で来てからということになった。とても優しい方だった。また店にも行こう。できれば緊急事態宣言が終わったあとに。

ありがたい。しかも、今日はご縁ができたのが良かった。こういうことを積み重ねて、関東でも人脈の輪を広げていこう。見知らぬ場所で生活するのは、とても力になる。