湘南移住記 第六十九話 「夜の湘南」

無事、仕事が決まった。これでシフト次第では、今行っているまぐろ屋さんと併せて、週6で入れるようになる。うまくいけば、20万円以上の収入になる。

これなら、1人でも生活を回せるし、女将が来てくれれば、2人で貯蓄もできる。10月の開店に向け、準備が整った。

夜のシフトもあるので、開店後も入れる。もし利益がすぐに立たなくても、生活を維持できる程度に働ける。もちろん、商売だけで食べていくが目的だ。

女将、ラッパーになる

女将が、ヒップホップの歌を作った。これがとてもよい。歌も上手いし。身内を褒めて恐縮だが、本格的にやろうと決めた。家にスタジオを作ろう。録音ブースになる戸棚もある。モニタースピーカーとヘッドフォン、インターフェースはあるから、MacBookとマイクがあればいい。楽しみだ。ブースに吸音材を貼って、というのがやってみたい。

いざ鎌倉

財政的に安定したので、自転車で鎌倉に出かけた。仕事が始まると好きに動けなくなるだろうから、今のうちに。

自転車で何回か往復してるので、グーグルマップを見なくとも道がわかるようになってきた。ただ単純に、海岸線を走っていくだけ。

相変わらず、海際のサイクリングは気持ちがいい。横須賀の佐島を抜けて、秋谷あたりから海風が快く通り過ぎる。秋谷海岸から海が見えた瞬間の解放感ったらない。

夕暮れ、逗子の海岸は人が多かった。地元の小学生だろうか、何かの授業をしている。テルミンのような楽器を鳴らしている人もいれば、犬の散歩に来ている人もいた。

鎌倉。1番気持ちがいいのは、やっぱり鎌倉だ。今日は、稲村ヶ崎のあたりまで走った。3年前、はじめて鎌倉にきたとき、最終日に宿が取れなくて、稲村ヶ崎の公園で寝ようとしたことがある。結局、横浜の満喫に泊まったが、よくはなかった。稲村ヶ崎の岸壁を見た時、そのことを思い出した。

夜の湘南

日はとっぷりと暮れ、夜になる。夜の鎌倉は始めてだった。鎌倉のカレーで有名な、〈珊瑚礁〉の本店を目指した。場所は七里ヶ浜の住宅地。60年代に活発になった大型宅地造成により丘陵の中腹に作られた街で、鎌倉の中でも新しい地域だろう。どことなく陰がある。

だが、海岸線から一歩路地に入ってくと、豊かな山があり、美しい静寂が広がる。蝉の声までに品がある。ああ、ここに住めたら。

〈珊瑚礁〉は、七里ヶ浜のスーパーや飲食店が集まっているゾーンにあった。ファミリー層で賑わっていたが、値段が高い。名物のカツカレーが1800円もする。拍子抜けして、やめた。

鎌倉駅方面へ戻る。ちらほら、海を見ながら飲めるバーがあって、おしゃれに盛り上がっていた。いつか飛び込んでみよう。

由比ヶ浜駐車場の裏手には、若いスケーターがいた。このTシャツ、ぶかぶかなんだよね、XLで。という会話がかわいい。

鎌倉駅そばの東急ストアに自転車をとめる。途中、フレッシュミートというスーパーにも寄ってみたが、品物の値段が安かった。空芯菜が1束60円。

岡山県民的に、鎌倉は物価が高いというイメージだが、そうではない。たしかにお金持ちの人が住んでいて、その人たちのためのお店もあるだろうが、一般層の人たちも多く住んでいるわけだから。

晩飯を食べるのにいいところが見つけられなくて、〈三崎港〉という寿司のチェーン店で550円の海鮮丼を食べた。美味しくなかった。三崎口にきてマグロ丼を食べてください。

三崎に戻る。途中、逗子駅のあたりを散策してみた。逗子の夜も盛り上がっていた。駅の近くの立ち飲み屋が繁盛している。外国人も日本人も入り混じって、英語で話していた。湘南では、外国人をよく見かける。

JRと京急の間に、めちゃくちゃ気になるカレー屋があった。かなり人が入っている。今度行ってみよう。

葉山の一夜

せっかくなので、なにか経験したい。そういう想いで自転車を走らせていたら、〈陸の家 OASIS〉というナイスな店を見つけて、入ってみた。ジャマイカンな内装に、ジャズが流れている。レコードだ。レコードをかけている店はとにかくいい。

入店は、9時。神奈川は蔓延防止指定を受けているが、入れてくれた。この時間帯に一見さんは珍しいのだろうか、店主の方に独特の間合いで受け入れてもらった。コロナビールと、タコスを頼む。もう1人、常連さんが入ってきた。名前はガンさん。店主はマーシーさん。

話を聞くと、お2人はオアシスというイベントを、森戸海岸で40年やってきたらしい。40年前に東京から葉山に移住したというから驚きだ。行動が一抜けている。

三浦で店をやります、と話すと色々教えてくれた。三崎のマグロをやるからには、インドの魚カレーをまずマスターすること。チャパティを焼けるようになると、タコスもできるようになること。葉山では、マヒマヒ、つまりしいらが安く買えること。

タコスは、時間をかけてラムステーキのタコスをつくってもらった。スパイスが利いて、美味しい。いままで食べたことのない新しい味。コロナビールに合う。

葉山は御用邸があり、かつて企業の保養地がたくさんあったので、街全体が他を受け入れる下地を持っているそうだ。なるほど、お2人はオープンだった。神戸の人たちを思い出す。移住の民は、総じてオープンで明るい。

またひとつ縁ができた。ひさしぶりにカルチャーとも接した。そうか、三浦にはカルチャーが不足しているのか。やりたいことが見えてきた。

今日はとても幸せな1日になった。あー、この半年間四苦八苦しといて良かった。嬉しさと充実感がちがう。ありがとうございます。