湘南移住記五十八話 「意志」

物件が決まった。来週の月曜日に出発することにした。だが、この2日3日に二転三転があった。

女将が、津山を出ることをお母さんに話していないようだった。契約が決まってからそれを話してくれた。女将の家の事情で、津山にいた方がいいのではないか、と迷っていた。

分岐点

話し合って、私は、別れようかと切り出した。女将がついてきてくれるものだと思って、働いてお金を貯め、話を進めていた。その日は、2人とも感情的になりすぎた。話し合って、いったん思い止まることにした。

翌日。私は、女将の意志が大切だと考え、数日の間にどうしたいか決めてくれと頼んだ。いずれにしろ、女将がどうするか決めなくてはいけない。私が強制するわけにはいかない。女将に道を選んで欲しかった。

この日で最期になるかもしれないな、と思って、女将が好きな食べ物、から揚げとハンペンの揚げ焼きをつくった。どういう選択をしても受け止めようと、腹はくくっていたが、涙が溢れた。ご飯をつくって、いっしょに食べて、話をして、布団でねる。いままでの当たり前の日常が終わりになるかもしれない。2人で泣きあった。

さらに翌日。私の母に事情を話した。柔軟でいた方がいいんじゃない、と助言をくれた。

女将は、台所で「私たちはもう家族なんだから、離れるとか哀しいこというなよ」と言ってくれた。ついていく、と決めてくれた。

話している内に、ある案が浮かんだ。女将が神奈川と岡山の、多拠点生活をすればいいのではないかと。

発想の転換

これから珈琲豆のネット販売を始めることにしていた。売上が見込めば、場所を選ばず仕事ができる。店を休んでいる期間も、豆を売っていたので、津山で顧客をつくれば、仕事ができる。

まずは猫の手術代を捻出しなければならないので、2人ともしばらくはあちらで働く必要があるが、ネットか実店舗の収益が確保できれば、自由に動けることができる。

もともと、私が多拠点生活を目標としてきたが、状況の方からそうせざるを得なくなってきた。

女将がついてきてくれるのは心強く、とても嬉しかった。言葉も嬉しかった。なにより、決めてくれたのが嬉しかった。

私は、どこか1か0で考えるところがあったようだ。そんなつもりはなかったのに。中を取ることもできる。

そして、私が先に出ることにした。女将も、整理をつけて、7月には来てくれることになった。すこしばかり離れて暮らすことになった。

今回の件でまた一段と絆が深まった気がする。つきあってるかどうかじゃないじゃん、と女将に言われた。今後も2人で歩いていこうと思います。