湘南移住記 第五十五話 「コロンビア8」

女将がスパイスカレーをつくるようになった。例によって、うまかったりする。繊細な感性を持っているので、つくる料理が大概うまい。次の店では女将と私が一種類ずつ創って、あいがけにするのもアリだ。

ただ、女将は、スパイスカレーの本場、大阪のレベルを知らない。私が中津の〈soma〉や、天王寺の〈カレーちゃん家〉で味わった衝撃を知って欲しい。高いレベルを体感しておくと、アウトプットが変わってくる。思い立って、週6のシフト行程の合間を縫って大阪に行くことにした。

選んだ店は〈コロンビア8〉。大阪スパイスカレーブームの草分けでもある。この店のキーマカレーが、ひとつのスタンダートだろう。本当にレベル高いのかしら?と半信半疑の女将を引き連れていざ大阪へ。

津山から中国自動車道へ乗る。ガソリン代など含めて、6000円を女将に渡す。美作インターから乗ったほうがいいよ、と女将がわけわかんないこと言っていたが華麗にスルーする。

2時間半くらいかけて大阪へ到着。舞台は北浜。池田インターで降り、池田から梅田まではなぞの高速で。市内は下道で行った。中津に1日700円の安い駐車場があったのだが、満車だった。仕方なく北浜の駐車場へ止める。

Google mapにしたがってコロンビア8の北浜本店に向かったが、なぜか店が存在しなかった。中之島の向こうを指し示していたのだが。狐につままれたような心持ちでいると、女将が突然奮起して、もうひとつのコロンビア8を見つけ出してくれた。どうも何店舗かあるみたいだ。

結局、停めた駐車場から10分くらいの場所にあった。ビルの2階。着いたのは1時半だった。

カウンターのみの狭い店舗だった。一席ごとに仕切りと除菌用アルコールスプレーが設置されている。これならコロナにも感染しねーよ、という具合である。

私は野菜キーマ、女将はノーマルキーマカレーを頼んだ。野菜キーマにはマンゴージュース、ノーマルにはグレープフルーツジュースがつく。なぜだか、みなさんおわかりだろうか。

ロン毛の店主の方に、説明を聞きながら食べる。この上に乗ったししとうは苦味を強調するもので、これを左手に持ちながら食べるとのこと。

店主の説明だと、この一皿は旨味、苦味、酸味、甘味、塩味のバランスをとっている。すなわち、苦味はししとう、酸味は玉ねぎのピクルス、甘味はレーズン、塩見はさやえんどうの塩漬けに配置されている。さやえんどうの塩漬けは味爆弾と呼ばれており、味が閉じ込められている。

女将が頼んだノーマルキーマにはグレープフルーツジュース、つまり酸味をブーストしている。野菜キーマはマイルドだから、甘味のあるマンゴージュースを添えているのだ。

なんというか、味の設計がそもそもちがった。めちゃくちゃ考えられている。これなら、ミシュランに三年連続で入るだろう。

私は感覚でやりすぎていた。このスパイスカレーはロジックの上に成立している。これから、味の構成をしっかり練る必要性を感じた。