湘南移住記 第三十二話 『吉田省吾との対話』

入社説明会まであと2時間後、という時に、吉田が突然家にやってきた。家の前にある駐車場に、見慣れない車が留めてあって、ぬそっと彼が出てきた。久しく会ってないので、様子を見に来てれたみたいだった。面接の2時間前と、にわかに緊張している、そんなタイミングに来るのが実に吉田らしい。

穏やかな時間

最後にあったのは、まだ寒さは晴れない3月の半ば。鎌倉視察のあと、友人のあっちゃんから店で使っていたシンクが欲しい、と連絡があった。日にちを合わせて、丹後山アパートメントのつばさくんに作業を頼んだ。当日、つばさくんの軽トラックから吉田がぬそっと出てきたのだった。その時は相続問題と、移住のドタバタで疲れていた。それは今もだけど、溜まり溜まったもにがあったのかもしれない。その様子を見かねたのか、吉田は「やすき、外に出て話そう」と話を聞いてくれた。その日はめずらしく快晴だった。つばさくんに作業を任せて、吉井川の河川敷に出ることにした。

河川敷に向かっていると、つばさくんのパートナーのナルちゃんも来てくれた。ちょうど、安積 遊歩 さんを車椅子の介助で連れて来ていた。遊歩さんは、障害者の自立に関する運動を行なっており、多数の著作や、グループLINKの代表を務めておられ、立教大学で講師もしている。全国で公演活動を行なっており、周る際は介助が必要となる。全国に遊歩さんを介助してくれる人がいて、ナルちゃんはその中の1人だった。

1年前、建部にある、ののカフェで遊歩さんと娘の宇宙さんが講演に来ていた。つばさくんに連れていってもらったが、講演には間に合わなかった。挨拶だけさせてもらって、その時は帰る。吉田の奥さんのマキロンと息子の風もいたように思う。

遊歩さんはその時のことは覚えておられなかったが、私はまたお会いできてよかったと思った。はじめまして、と挨拶してもらって、吉田と共に相続や女将のことについて相談に乗ってもらった。

講演の内容は聞けれなかったが、会の様子が印象的でよく覚えている。入った瞬間、2つの高い声で聴衆が聞き入っていた。ののカフェは古民家を改修したカフェで、かなり広いのだが、満員とも言えるほど人が入っていた。どういうことを話していたのかわからないが、高い話し声がとても耳に残っている。直感で、あ、この人たちは宇宙人だと思った。お2人は小柄だがそういうことではなくて、高い知恵を授けに来てくれたのだ。話してみると、とても気さくな方達で、受け入れてくれる優しさがあった。会には女装している男性も来ていた。遠くから来ていた人もいただろう。

遊歩さんは的確な制度上のアドバイスをしてくれた。吉田は、問題の核になっている親族と向き合うことが必要と諭してくれた。この時の私は、向き合わなければいけないという責務と、そのままにして早く移住してしまおう、という気持ちに揺れていた。逃げようとしていた。だからしんどかったのかもしれない。問題と向き合うことにした。

遊歩さんには、女将のことに関しても相談に乗ってもらった。当日、イライラが募って女将と喧嘩し、女将が玄関のガラスを蹴り割って出て行ったところだった。私が辛くあたっていたのかもしれない。ごめん。

話し合いのあと、作業がおわったつばさくんやあっちゃん、こうき君も河川敷に来た。日向ぼっこをした。こういう時間をひさびさに持てた。やすきらしい時間。それぞれの人生で荒波はあるだろうが、みんな穏やかだった。

すべてが終わって家に帰ると、出て行った女将が帰っていた。蹴った足の小指が骨折していたそうだ。

自分と向き合う

1ヶ月後。これから、入社説明会なんじゃ、と一応話すにも関わらず、ずかずかと家に入ってきた。もうこれは彼の性分なので、椅子に座ってもらった。

吉田は仕事で怪我をしていた。吉田は木に関する仕事をしており、高所にも登る。1度現場を見させてもらったが、危険を伴う仕事だ。全治3ヶ月らしい。彼には来年、小学生になる息子がいる。労災が出るとはいえ、3か月働けないのは焦るだろうなと思った。

須賀敦子の評伝を著している若松英輔の、『読書のちから』という書物に「十読は一写にしかず」という一節がある。ヨガをやった際、呼吸において吐くことの重要性を知った。

『独りで話すことを独語という。誰かと言葉を交わすことを会話という。そして、深いところでつながりながら言葉や経験の深みを探るのが対話だ。』

『対話は、話者が自分の話したいことを話したときに始まるのではなく、相手の相手の「おもい」を受け止めたところにはじまる。』

『「書く」ことにおいても同じで、深く書きたいと思って、多く書いてもあまり功を奏さない。深く「読む」ためには深く「書く」必要がある』。

喫茶店の経営という仕事をしてみると、ほとんどの時間はお客さんの話を聞くことに費やしていた。20代の半ばから、意識的に人の話を聞くようになった。その人が持っている固有の経験の中には、貴重な情報がある。おもしろいと思えるようになってきた。相槌の仕方で、人に気持ちよく話させるかという技術も磨いた。喫茶店で役に立つとは思わなかったが。会社勤めをしても、なかなか人に踏み込んで話を聞くという業務は少ない。むしろ、ストレスを軽減するために、いかに流すかというテクニックを学ぶことが多い。

吉田とは、対話ができている。2年前は一方的に話を聞くことが多かったが、イーブンに話をするようになってきた。私は結婚してないが、父としての立場を全うしなきゃ、という目線が得られたのかもしれない。それを吉田は育ててもらったツケ、と表現していた。

振り返ると、音楽でも、深くその曲を聴き込んできただろうか。ラップはその人の深い哀しみや孤独を聴いていた。自分もラップすることによって、受け止めてもらった。神戸のPi;zや、竹内さんがしていたレインボー。存在を受け取めてもらえる場所があって、やっと自分が安心して成立できた。

猫のこともあるし、問題は多々あるが、すべて解決できないわけではない。いままで向き合わずに逃げてることも多かった。だが結局、立ち向かわなければならなかった。なぜなら、次へ進めないから。

そうやって生きている人はいる。私もそうやって生きたい。問題も、楽しんで立ち向かっていこう。