湘南移住記 第三十話 「人生と読書」

ちかごろ、よく読書をしている。好きな書物、須賀敦子の『ヴェネチアの宿』で好きなシーンがある。須賀がフランスに留学していた際、学校の先生をやめた同居人が、読書に耽り、人生について考える時間をとっている。そうしないと、このまま人生の流れに翻弄されてしまうと言葉を交わす。とても心に残っていて、ふと思い出した。自分にとっていま、それが当てはまる。

ここまで時間があるのもあまりない機会だ。津山から出たら最後、生活に追われる日々になるだろう。この機に考えれる分だけ考えておくことにした。この文章も振り返りのひとつで、文章を書いていると不思議と本を読みたくなる。表現は、自分が生きる上でなくてはならないもの。

竹山道雄の『ビルマの竪琴』を読み終えた。戦後、敗戦国となった日本。GHQの戦略により罪悪感を否応なく持たされ、アンデンティティを見失った日本人。その心に寄り添い、愛され読み継がれた小説だ。映画化もされている。

ラストのシークエンス、日本軍から脱走して仏法僧となった水島から贈られた、独白の手紙を読みあげる場面。近代に入り、富国強兵に目を奪われ、そもそも人間としての在り方を忘れていた日本人に、警鐘を鳴らすかのような内容だ。

『わが国は戦争をして、敗けて、くるしんでいます。それはむだな欲をだしたからです。思い上がったあまり、人間としてのもっとも大切なものを忘れたからです。われらが奉じた文明というものが、一面にはなはだ浅薄なものだったからです。この国(ビルマ)の人々のように無気力でともすると酔生夢死するということになっては、それだけでよくないことは明らかです。しかし、われわれも気力がありながら、もっと欲がすくなくなるようにつとめなくてはないのでしょうか。それでなくては、ただ日本人ばかりでなく、人間全体が、この先もとうてい救われないのでしょうか?』

1945年の終戦から75年。2021年現在、ミャンマーでは軍がクーデターを起こし、民衆を弾圧している。ミン・アウン・フライン司令官が民主的選挙の結果に反発し、文字通り殺戮を行なっているのだ。民衆側が非暴力を徹底して、武器で対抗しようとはしない。そのため、他国への救助を望んでいる。

日本に住むミャンマー人たちが、表参道や関西でもデモを起こしている。だがテレビをはじめとするメディアは大々的に報じない。私もこの小説を読んで、ミャンマーのことを調べるまで事態を知らなかった。

それどころか、ユーチューブにあげられたデモ動画を見て、第三波のタイミングでますますコロナ感染者がふえると批判するコメントもあったという。日本在住のミャンマー人がツイッターで意思を表明していた。コロナ感染者を増やす行為をして申し訳なく思う。また、こうやって頼らざる状況になっているのも情けなく思う。それでも混乱をきたしている祖国の状況を知って欲しいという想いが、痛ましい。

今現在、海を隔てた国ではこういうことが起こっている。歴史でもなんでもなく、同じ時代、同じ空の下で生きている人たちの話だ。水島はこの状況をどう思うのだろう。私は、事態を調べて、ここに記すことが自分にできることだと思った。

生きていくために

ミャンマーの人たちとも比べようもないが、私も私とて、人生の激流に巻き込まれてる。次々に課題が襲いかかるが、悲嘆に暮れる間もなく、対処を迫られる。選択をする。ということは、何かを手放す。心がついていかない。意志を試されているかのようでもある。次々に変わる状況には、人生に対する強固な意志と方針が必要。自分でなんとかする、人生を切り拓く。流れに飲み込まれないために、自分の価値観を築いておかなければならない。どう生きるかであった。また、私と女将の場合は、お金も必要だった。

結局、夏までは津山で職を求めることにした。ちょうど6月末までの仕事があり、応募する。週明けには連絡できるだろう。しかし、いい加減にことが進まないことと、嫌々ながら働くことに辟易してきて、ストレスが溜まる。また長い期間、心を押し殺しながら過ごさなければいけないと思うと気が滅入る。ここで働きたい、ではなく100%お金のために働くというのは相当疲弊する。

春の曇り空、まさに暗澹たる気持ちで城西を歩いていた。万歩書店が創業祭なので、いくつか古本を手にした。江藤淳の「夜の紅茶」という随筆本は、装丁に惹かれて買った。濃紺のバックの中央に、肌色の四角の中に、昭和を感じさせるフォントで夜の紅茶と赤色で書かれている。作り自体が詩みたいな本。どこか女性的な感性もあっていい。稲村ヶ崎や、西御門など、江藤に縁があった鎌倉の地名が出てくるので慰めにもなった。引き寄せたなとも思う。私と鎌倉の縁はある。

みのり学園のかぼちゃクッキーと珈琲を飲みながら読書に耽った。みのり学園のクッキーは、心が優しくなる味わいだ。

鎌倉でやってみたい仕事があって応募していたのだが、それも取り消さなければいけない。職場は住んでみたかった腰越で、すっと指が応募ボタンに向かったのが印象的だった。ただ、これから作らなければいけない手術代と移住費を考えると、収入が少ない計算になる。鳥取大学まで猫の入院、通院を考えるとこちらにいた方がいい。猫の命に責任があるので、どうしてもやらなければいけない。

女将にありのままの気持ちをぶつけた。色々ありすぎて、近い人にぶつけてしまった、という心の弱さだったかもしれない。ナーバスになりがちな私を想って、明るく振る舞ってくれる女将が、悲しい表情を見せ、

「私が手術代、なんとかするから。」

と訴えかけた。その表情を見ると、辛くなった。リビングの黒革のソファーに、昨夜も女将は1人で座っていた。私の正直な苛立ちが伝わっていた。女将もまた、闘っているのだった。状況と私に板挟みになりながら、職も変え、住む土地も変えることになる。

この2ヶ月以内に、女将1人で手術代を捻出できることはできない。だが私に、思い詰めないで欲しいという願いから出た言葉だった。

家族のためにやりたくないことをやっているにはなにも私だけではない。いままで自分のためだけに生きてきたのが、父親に近い役割になってきたのか。まだ結婚してないけど。そして、これを乗り越えてやりたいことに向かっていけばいいのだ。

危機感からの読書

『夜の紅茶』に、読書について語る文章がある。幼少の頃、早くに母親を亡くした江藤は、喪失の代わりになるものを、読書に求めた。

『自分が発狂もせず、どこか深いところをおびやかしつづけてきた母の死以来の不安と混乱を、とにかく乗り切ることができたのは、読書のおかげだということを、私はほとんど本能的に知っていたからである』

切実に、読書が生きることに必要な時もある。私も高校のころ、志望校に落ち、父親に一生馬鹿にされると思い込んでいたころ、祖母の家にあった日本文学全集に助けられたものだった。インターネットにも、助けられた。おかげでまったく勉強はできなくなったけど。女将も、社会人になりたての時、ちびまる子ちゃんの作者、さくらももこに助けられたという。読書は逃避にも見えるが、自分に向き合うことでもある。

生きる危機感から、読書をする。人生への積極的な意欲、ともいえる。

ほぼすべての人が、人生と闘っている。いや、闘うことが人生なのだろう。事態をあまりシリアスに捉えすぎずに、淡々とやることをやるのが人生を生きる態度として素晴らしいように思えてきた。そういう風に人生を楽しめば、何か見えて来るに違いない。家にいて、ただただ寄り添ってくれる猫のためにも。彼らは私の全存在を肯定してくれている。

私のやるべきことは、鎌倉か湘南地域に出て、起業する、やりたいことで稼いで、家を手に入れる。自分の力で生きてゆく。女将と猫たちと、新しい家族で、あたらしく生活する。そのために今は移住費用と、猫の手術代を作る。予定より2ヶ月遅くなるが、ただそれだけのことだ。これからの人生も長いのだから。

最後に、『ビルマの竪琴』からの一節。水島が僧になって、苦行に勤しみ僧侶を見て、感じたこと。

『われわれはこうした努力をあまりにしなさすぎました。こうした方面に大切なことがあるということすら考えないでいました。われわれが重んじたのは、ただその人が何ができるかという能力ばかりで、その人がどういう人であるか、世界に対して人生に対して、どこまでふかい態度をとって生きているか、ということではありませんでした。人間的完成、柔和、忍苦、深さ、聖さ−−。そうして、ここに救いをえて、ここから人にも救いをわかつ。このことを、私たちはまったく教えられませんでした。』

現在のビルマの人たちは祖国の暴走と、文字通り闘っている。私も、こうやって書くことで、働くことで、考えることで、闘っている。これを読んでくださってる方々もそうでしょう。ひとつひとつを考え続け、意味を深めていくことが、人生を全うとすることにつながっていく。

ビートをまた作り出した。ビートをつくるとき、ラップをするときは、自分らしくいられる。ラップの音源作りに取り組もう。新しいビジネスの準備をしておこう。毎日の中に、やりたいことはできる。いずれそれで日々を埋め尽くしてやる。