湘南移住記 第二十四話 「女将の異変」

 横浜の名もなき小さな駅から鎌倉方面へ。大船の文字が見える。大船は湘南エリアから横浜への連結駅で、便利なのだが、どうも住む気になれない。以前の旅で大船エリアも歩いたのだが、大阪の下町にようの雑然としていた。私が魅力的に感じるのは北鎌倉駅からのようで、明らかに雰囲気が変わる。空気が文字通り清くなるし、気持ちいい。以前旅したとき、澄んだ空気を味わいたくて、北鎌倉から大船まで歩いた。具体的にどこかはわからないが、その空気の気持ちいいポイントは大船で切り替わるようだった。

そう思い出しながら、横浜からの電車、窓の外を眺めていた。流れる横浜の風景を目に焼き付ける。ミニチュアのように、小高い丘にある家がならぶ。小さな家が延々と続いていた。横浜に住んでもいいだろうなあ。この街は好きだろうな、と思う。朝7時前で下りの電車内。満員電車ではなく、人と人との間に程よいスペースがあった。この静かさも良かった。

女将は、楽しんでくれているだろうか。ふと横を見てみると、女将がアイフォンを見ながらクスクス笑っている。そういえばさっきからずっと笑っている。何見てんの?と聞いたらインド人のツイッターを見ていると答えた。

突如はいるスイッチ

は?岡山からわざわざはち8時間以上費やして鎌倉に向かっていて、横浜を通り過ぎているのになんでこのタイミングでインド人のツイッターを見ているんだ?ぶっ飛びすぎてよくわからない。マツヤというカレー屋をしているインド人のツイート。これ、おもしろいんだよねー、とか言ってる。見てみると、

“マツヤはねえ、⁇かなり!まあまあねえ!。まあかなり‼︎?けっこう、マツヤ、カリー屋と、バンドManに、なりたいですよね。」

といった、なんというか女将が好きそうな、というより同属のツイート内容だった。私は横浜の住宅地を見て感動していたのだが女将はインド人のツイートを見ている。旅の情味とかあるじゃんよ、と思うがたしかにおもしろい。ヨットスクールで有名な戸塚あたりからマツヤのツイートを2人で見続けた。

思い返せば、この時からどうも女将の様子がおかしくなり始めていた。大船に近づくにつれ、「ねえねえ、キウイの毛って健康にいいと思う?」と口走るようになる。キウイの毛が人間の健康にいいかはたしてわからないから、どうだろう、いいんだろうね、と答えていたが、その答えでは満足いかないようで、同じ質問を20回くらいしてきた。女将は普段はフツーなのだが、スイッチが入る時間帯がある。大概、夜になるのだが、朝、しかも人前で入るのは珍しかった。こうなると数時間のスパンでよくわからないことを言い続けるので、聞き続けるしかない。

ただ、このスイッチが入るというのは基本的にすごいいいことである。女将の本性が出ていると言うか、自我が解放されている感じがある。私もそのノリは好きなので、たのしくなってきた。

雑多な大船の景色

大船駅についた。ここで鎌倉まで乗り換え。横須賀とか小田原方面とかあったのかな。大船駅のホームに降りると、小学生が並んでいる。都会の小学生は電車で通学するのか。津山ではあまり見ない光景で、驚く。小学生の女子グループがなにやら揉めていた。女将が話しかけていたが、不審者と思われるのが嫌なので距離をとって見ていた。

この日は残念ながら雨。北鎌倉の扉が開いても、以前感じた清らかさはなかった。女将に今日の日程を楽しんでもらえるだろうか。一抹の不安を覚えながらも、鎌倉駅に着いた。

ああ、ひさしぶりの鎌倉だ。古風な駅の形。以前きた時より感動が増したように思う。改札口を抜け、駅前へ。ここでもまだ、女将はキウイの健康にいいか聞き続けていた。